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聖書メッセージ 奇蹟

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イエスはお答えになった。はっきり言っておく。あなたがたも信仰を持ち、疑わないならば、いちじくの木に起こったようなことができるばかりかりではなく、この山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言っても、その通りになる。信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる。」(マルコによる福音書21章21~22節)

この聖書の個所は少し説明が要ります。イエスがいちじくに実を求められた時、いちじくの木には実が成っていませんでした。イエスはそのいちじく木を枯らされたのです。そこで弟子たちに言われたことは、山に向かって海に移れと言っても、信じるならばその通りになると言われました。とても本気にとれない言葉です。奇蹟はそのように、人の知恵や力では不可能なことが起きることを言います。そんなことはありえないこが起きることです。マジッシャンンは不思議なことをして驚かせます。昔、魔法使いう者がいました。魔術でいろいろな不思議ななことを行なっていました。今は魔術師として人々の興味を引いています。マジックには必ず仕掛けがありますが、仕掛けが分からない人には、マジッシャンは魔法使いです。

イエス・キリストは魔法使いではありませんが、神に力で人間にはできないことをされた方です。人々はそれを奇跡と言いますが、聖書はそいうことが書かれている書物です。聖書の神は「全能者」ですから、できないことはありません。全能者とは不可能ないことはないということです。だから、信じる人の上に奇跡的なことが起きるのだと思います。ただ、人を驚かせるためや、金儲けのためや、意味のない奇跡は起こりません。

神の目的は人間の救いですから、その目的以外の奇蹟はありません。イエスがなされた病気の癒しや、悪霊追放などの不思議な業も、人を救うためでした。

新しい年

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「キリストと結ばれている人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」(コリントの信徒への手紙2・5章17節)

古いものが過ぎ去り、新しい2012年になりました。月日は古くなっても、内面的には一年一年成長して行きます。成人式を迎えた人は、去年の自分とは違う自覚が芽生えてきたと思います。いつまでも古いものにしがみついては、新しいものはやってきませんよ。A.D1011年が過ぎれば、1012年となるように、身体的にも精神的にも新しくなり、大きくなったと思います。青年も老人も、過ぎ去るものを大切にして、新しいものに目を向けたいものです。

聖書は、キリストと結ばれる人はだれでも、新しくなった人と書かれています。十字架にかかられ復活された方、イエス・キリストを受け入れる人は皆、新しい存在というのです。別ないい方ですれば、新しく生まれ変わった人です。新しい人間として、新しい人生を歩み出す人です。新しい人生を、一歩から歩み出しましよう。年を重ねると古くなるのではありません。年をとればますます新しくされていきます。年齢は一年づつ古くなっても、内面的には新しくされ若くなります。新しい人生、若返りの人生を歩き出しましょう。

聖書のメッセージ 希望

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最近出た「希望は絶望のど真ん中に」という題名の本があります。僕はその題名は聖書そのもののテーマと思いました。また、このことはすべてに通じることで、ただ希望だけを探してもなかなか見つかりません。その時希望のない現実そのものを見つめる必要があると思ったのです。希望は希望のない現実の中でこそ見つかると思うからです。

聖書の言葉に、見えるものに対する希望は希望ではありません。」(ローマの信徒への手紙8章24節)とあります。希望は遠い空の彼方にあるのではなく、自分の身近な現実の中にあると言うのです。そうは言っても、いくら自分の周りを探しても見つかそうにありません。でも、じっと見つめていると、その中に小さな希望の光を見つけることができるでしょう。

聖書でいう直接の希望は、キリストの救いですが、これは永遠の希望、絶対的な希望のことです。見えるものの希望は仮想のもので、本当の希望はこれだと言います。見えるものだけの希望はいつか消え去りますが、聖書でいう希望は永遠に消え去ることはありません。この希望は自分のすぐそばにあります。

聖書のメッセージ 老い

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生れた日から老いに向かって、一日一日と歩む。止まることも後戻りすることもない。川の流れに等しく時は過ぎさる。人生を四季にたとえた人がある。春も過ぎ、夏も過ぎ、秋も過ぎて冬になろうとしている、それが老人である。

若いころ思っていた。”やがて老人となるだろう。間違いなくなる。しかしまだ老人ではない。””やがては老いるだろう、しかしまだ老いてはいない。”と・・・

聖書には面白い言葉がある。それは「若者は幻を見、老人は夢を見る。」と言う言葉である(使徒言行録2章17節)。”青年よ大志を抱け”とクラークは言った。しかし現実は、大志の抱けない社会である。

要は、”老人たちよ、夢を見よう”と言うことである。夢は希望を意味する。老人の希望は夢である。現実に訪れることのない希望が夢であろう。この夢は空想かもしれない。空想が空想で終わってもよい。子や孫が立派に成長た夢でもよい。やがての日、この世に別れを告げ、神の世界に住む夢でもよい。誰でも皆やがてはこの世を離れて、神のもとへ赴かなければならないのだから。

キング牧師は、”わたしには夢がある”と言ったが、僕も言おう”老人たいよ、夢を見よう”と・・・

聖書メッセージ 格差社会

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富めるものと貧しいものの格差はますます広がっています。日本だけでなく、世界中で社会問題となったいます。昔から貧富の格差、身分格差はありました。将軍は生まれながらの将軍で、農民は生れながら農民として生涯を送りました。そこには身分制度があり、そこから抜け出すことができなかったからです。その時代に比べると大分緩やかになりましたが、新たに貧富の差は大きくなっています。それは学歴社会と能力社会がもたれしたものでしょう。能力のある人はどんどん金持ちになりますが、そうなれない人もあります。1%の金持と99%貧しい一般の人が占めています。そうぼやいてみたい気にもなりますね。

さて、聖書に目を向けてみますと、一貫して貫かれているのは愛と平和と平等です。すべての者が共に生きることができる社会、強い人も弱い人も、能力のある人もない人も共に暮らせる社会です。そのような理想境は夢のまた夢でしょうか。聖書にこんな言葉がります。「わたしたち強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分(だけの)満足を求めるべきではありません。」(ローマの信徒への手紙15章1節)

このような生き方はイエス・キリストに見られます。すべての人の救いのために十字架への道を歩まれた方の生き方です。その方の生き方に同意することによって、理想社会(世界)に近ずくことができると思います。すぐに実現するとはできなくても、ほんの一歩前進できるでしょう。

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