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本堂に座って 2017年9月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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先月号のこの欄で、「問いを持つこと」について、西野亮廣さんの文章を紹介しました。
西野さんといえば、少し前には「よくテレビで見る芸人さん」という印象だったのが、「絵本を描いた」「ハロウィンのゴミ問題を“ゴミ拾いイベント”で解決した」…などなど、「お笑い芸人さん」とは一線を画した活動をされている様子が、たびたび聞かれるようになってきました。
最近では著書である絵本『えんとつ町のプペル』の画像全ページや、これから出版される本(『革命のファンファーレ』)の一部をインターネットに公開されたりと、今までの“常識的な”考え方では受けとめきれない、様々な活動をしておられます。
今月は、先月の「問い」を受けての文章を紹介します。

さて。「問い」が見つかったら、次は「問い」の答え方。
その方法は、人それぞれあるとは思うけど、僕は常に“ヨットのように進む”ことを心掛けている。
はてさて、どういうことか?
ヨットは風を利用して前に進んでいる。
追い風の時はもちろん、向かい風であろうと、帆の傾け方次第で前に進むことができる。
やっかいなのは「無風状態」の時で、この時ばかりはニッチもサッチもいかず、手漕ぎでエッサホイサしなくちゃいけない。
大変な労力だ。

これを自分の人生や企画に置き換えてみた時に、ヨットというのは自分自身で、風は、その時の状況だ。
追い風は「背が高い」「頭が良い」「運動神経が良い」「お金持ち」といった才能であり、向かい風は「背が低い」「頭が悪い」「運動音痴」「貧乏」とか……まあ、ザックリ言ってしまえば、「嫌なこと」だね。
多くの人は、この「嫌なこと」を消そうとする。理由は「だって嫌だから」。
気持ちはすご~く分かるんだけど、どっこい、ヨットの理屈で考えると、その「嫌なこと」は向かい風で、やはりこれも前に進む力となる。
感情に任せて「嫌なこと」を消した先に何が待っているかというと「無風状態」で、実はその状態が一番やっかいだ。何の後押しもなく、手漕ぎでエッサホイサといかないといけなくなるから。

この「向かい風も追い風」という感覚は常に持っておいたほうがいいと思う。
それだけで、自分がどこに力を入れたらよいか、が明確になってくる。
とにもかくにも向かい風を消すなんて、もったいない。
どの方向からであろうと、そこに風が吹いていれば「ごちそうさま」で、基本的に僕らには常に追い風しか吹いていない。
こんなにラッキーなことはない。そいつを使っちゃおうぜ、という話。
(『魔法のコンパス 道なき道の歩き方』西野亮廣 著より引用しました。)

西野さんの行動や発信は批判を受けやすいのですが、その行動・発信の1つひとつにはそれぞれに原因があり、それを解決するにはどうすれば良いか?をハッキリと意識されているので、その過程を知るほど、納得せずにはいられません。
また「嫌なこと = 向かい風」を「追い風」にするヒント的エピソードとして、「自分の10点の能力を60点に伸ばす時間を、自分のどこかに埋まっている70点を120点まで伸ばす作業に回そうと思った」と書かれています。
「嫌なこと」をきちんと知り・受けとめることで、自分が伸ばすべきことを見つけられれば、「向かい風も追い風」と言えそうです。
この本を知ったばかりの頃は「ありがちなタレント本?」くらいにしか思っていませんでしたが、ネットでの書き込みやこの本を実際に読んでみて、古い常識にとらわれない発想は、身近なことの中から生まれるんだと、あらためて教えていただきました。
(次号で、もう1ヶ所紹介したい部分がありますが、なぜ本をネット上に公開しているのかなど、興味のある方はぜひブログや本を読んでみてください。)

 

今日も快晴!?2017年9月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】
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東京に住む妹たちと姪っ子ののの葉ちゃんがお盆休みに帰省してきました。
1歳3ヶ月になったののちゃんは、泣く姿も食べる姿も寝る姿も、何もかも「可愛い」の一言。
もはや孫のような感覚です。
とりわけ、食べ物を手にしたときの満面の笑顔は最高で、ついつい食べさせてしまうので、こちらに滞在中目に見えてお腹が膨らみ、りっぱなメタボ体型になってしまいました。
仕事で一緒に来られなかったパパに写真を送るたびに「またののちゃん膨らんだね・・・」と言われる始末です。
ただ、こちらがどんなに「おいで」と手を伸ばしても、ののちゃんにとって私は知らないおばちゃんなので、1週間の滞在中、最後まで私が抱くと大泣きしていました。
そんなに悪いおばちゃんじゃないんだけどな~。
こちらに来てから数日後、ばぁばには大分慣れてきたので、妹二人がののちゃんを置いて出掛けることになりました。
最初は目新しいおもちゃに夢中になり、ママが自分を置いてこっそり出掛けたことも気づかないようでしたが、途中から(あれ?そういえばお母さんがいないぞ?)と気づいたようでした。
その時から、目に見えてののちゃんの表情が硬くなり、笑顔が消えました。
泣かずに黙々と遊んでいるのですが、どことなく緊張感を持って過ごしているのです。
(ここは安全な場所ではあるみたいだな。この顔も、何となく見たことがある気がする。仕方が無い。今日は我慢してここで過ごすとするか・・・)とでも思っていたのでしょうか。
妹が帰宅した瞬間、いつもの笑顔が戻ったので、「やっぱりお母さんといるときと表情が違うね~」と話したところ、「やっぱりねぇ、一緒に過ごす時間が長い人が『お母さん』なんだと思う。私も保育園に夜の7時頃迎えに行くけど、最初は(あれ?この人誰だっけ?)みたいな顔をされるもん」と言うので、なるほどと思いました。
何らかの事情で親と別れる子どももいるので、実の親でなくても側で愛情を持って関わってくれる人がいれば、子どもは育ってゆくのだと思います。
ということは、実の母親であっても「私が産んだから」と関わる努力を怠ると、子どもの方からそっぽを向かれる可能性もあるのかなと思いました。
子育ては、関わり合ってゆく時間の積み重ねの中で、互いに親となり子となってゆくのかもしれません。
会社の都合もあり、妹は生後半年でののちゃんを保育園に預けて会社に復帰しました。
同じ会社にお勤めのご主人も子育てに協力的で、一生懸命関わってくれているのですが、帰りが遅かったり長期の出張があったり、「流行のワンオペ育児だ」と妹が嘆いていました。
妹も、一日仕事を終えて疲れた身体でお迎えに行き、さらに帰宅後、一人で家事に育児では本当に大変だと思います。
もう少し近かったらいくらでも預かったり手助けすることが出来るのに、さすがに東京ではどうすることも出来ません。
マンションの一室で、妹が一人で途方に暮れる日もあるんだろうなぁと想像すると胸が締め付けられます。
でも、ママといる時間を濃密に過ごすののちゃんと、保育園に預かって貰っている時間も、保育士さんがへとへとになるくらい力いっぱい遊んでいるというののちゃんの様子を聞くと、(ああ、妹たちが全力で自分を育ててくれていることをののちゃんはちゃんと分かっているし、きっと大丈夫)と思えます。

お庫裡から 2017年9月

テーマ:お庫裡から 【坊守】

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 孫達が話しています。
「市内大会が終わると、西三(西三河)大会で、そこで勝てば県大会。僕たちは県大会に出るのが目標だって」
 どうやら誓くんのハンドボールの部活の話のようです。
 30年程前、誓くんと同じ、地元の高橋中学へ通っていた次女は、バスケット部でしたが、その頃の高中の女子バスケは市内20校の頂点にいて、明けても暮れてもバスケ、バスケで通しましたが、西三大会止まりで、一度も県大会に出たという記憶がありません。
 誓くんを見ていると、次女の時のような覇気というか熱気があまり感じられません。ついつい口をはさんでしまいました。
「高中のハンドは、西三大会や県大会に出られるほど強いの?」
「まー、強いってことはないけど、普通かな」
「でも、西三や県大会には、強いチームが行くんでしょう?」
「違うんだよ、豊田市内の中学校にハンド部のある学校が少ないんだよ。だから、1~2試合すると、3位までは自動的に西三大会に出られるんだよ。だから、そこで勝って県大会に出るのを目標とするんだよ」
 知立市で行われた西三大会(どこもハンドボール部のある中学校は少ないよう)で勝ち進み、豊橋での県大会出場。
2回戦で敗退し3年生は引退し、新チームになりました。ハンドボールはマイナーな競技で、練習場所も直前にならないと確保できず、場所を転々とするので、送迎に親は振りまわされているようです。
 ちなみに、開くんのロボット部は、市内および隣のみよし市を含めても高橋中学にたった1校しかないため、「僕なんかさー、いきなり県大会なんだよ」。
その大会は夏休みの終了直前にあるため、今はまだ調整中。
 孫のいい所は、勝っても負けてもこちらが熱くならず、「そうか」「そうか」と聞けることですね。

清風 2017年8月

テーマ:清風 【住職】

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私には 敵はいない。

劉 暁波(リュウ・シァオ・ポー)中国
2010年 ノーベル平和賞を受賞。
中国の民主化を訴えて投獄されたまま、今年6月に末期の肝臓ガンと判明。
刑務所外の病院で治療中、7月13日死去。61才。


劉さんは、1989年、北京の天安門広場で学生らが民主化を求める運動を始めるとデモに加わり、ハンガーストを指揮。劉さんが一貫してこだわったのは、非暴力の抵抗だった。
学生に向かって「恨みを捨てよう。恨みは私たちの心をむしばむ。私たちに敵はいない。理性的に対話しよう。」と訴え続けた。

劉さんの「敵はいない」。
この確信こそは、今、我が国の平和主義のシンボルと言える「憲法・第9条」の理念を巡っての議論の根幹を、一言でわかりやすく述べたものと言えよう。

劉さんの「私には敵はいない」という主張は、非暴力の立場である。
我が国の憲法では、その立場を憲法前文の第1段・第2段に、その平和主義を次のように述べている。
(以下の憲法前文の第1段の引用については、劉さんの主張「私には敵はいない」
に応答する部分に絞って引用していることを、申し添えておきます。)

<日本国憲法 前文>
日本国民は、
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、

日本国民は、
① 恒久の平和を念願し、
② 人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、
③ 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
④ われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、
① いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないので
   あって、
② 政治道徳の法則は、普遍的なものであり、
③ この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうと
     する各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

この「崇高な理念と目的」とは、いうまでもなく平和のことであり、憲法第9条の2項目(第1項 日本は戦争をしない、第2項 戦力は持たない。交戦権も認めない)を指すといえる。

それ以外にも、前に挙げた前文の中の次の文に示されてある、

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去
しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

また、

いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないの
であって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、
自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

というように、我が国は憲法前文において決意したような国作りに向けて、外交の方針を転換できるチャンスがあった。
1989年、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結した時である。

今からでも遅くはない。それこそ10年くらいの計画で、我が国はこの憲法前文の平和主義を我が国の外交方針として外交を進めることとして、第二次大戦終結のための北朝鮮との平和条約締結を含め、中立宣言、そして先月号にも書いた沖縄基地閉鎖、そしてその上で沖縄・北方4島の一括変換交渉という、今までできなかった戦後の処理を行い、我々国民も未来を見据えて、憲法の内容に沿った、北東アジアに位置する平和国家の国民として新たに生まれ変わってゆきたいものである。

親鸞その人の「非僧非俗」の名告りこそは、劉さんの「私には敵はいない」という言葉と感応していると言えるのであろう。

お庫裡から 2017年8月

テーマ:お庫裡から 【坊守】

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夏休みに入りました。
「さあ、この夏も、雑巾がけをしてくれるかな?」
シーン。
「エッ?」「エッ?」「エッ!?」
今までのように「ハーイ、やります」「やる」「やる」という返事が聞こえてきません。
ロボット部の中三の開くんは「午前中は部活があるから、朝はやれない」と言い、ハンド部に入った中一の誓くんは「午後は練習があるし、試合が続くから、毎日どんな予定になるかわからない」と言い、小四の在ちゃんも「私はファンファーレ部で午前中は学校」と言うではありませんか。
ついに、恐れていたことが起こりました。
子育てをしていた時も、四年生になった途端、部活というものが入り、家庭のリズムがなし崩しになってしまった経験があります。
そうか、孫達も成長したのだ。
開くんがなぐさめるように「お盆休みになると部活もないから、その時ならやれるよ」と言ってくれました。
私の体力も、それ位が丁度よいのかもしれません。

今日も夕食前、孫が「おばあちゃん、お夕事」と声をかけてくれ、3人の孫と一緒にお内仏で夕べの勤行をしました。
こんな事もそのうちやれなくなることは必定でしょう。
孫の成長が、嬉しくて、ちょっぴり淋しい今年の夏です。

今月の掲示板 2017年8月

テーマ:今月の掲示板

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今月のことばは、ビッグイシュー(2011年1月1日号)成熟カルタより。

  地球にマグマがあるように
  人にも魂というマグマがある。
  (「子どもへの恋文」灰谷健次郎)

  今、僕のいる場所が望んだものと違っても
  悪くないさ
  きっと、答えはひとつじゃない
  (「Any」の歌詞から Mr.Children)

  「負けたことがある」というのが
  いつか大きな財産になる
  (「スラムダンク」井上雄彦)

  問題は、
  何になるかというよりも
  どんな大人になるか
  であるのだ。
  (「絵本屋の日曜日」落合恵子)

  幸せになるのは簡単よ
  ウソじゃないわ
  今あるものを愛するの
  手の中にあるものを
  ないものねだりはやめて
  豊かな心で生きて
  幸せになって
  (映画「母の眠り」から)

  今、あるもので充分と知る人だけが
  今、生きることの豊かさを知るんだよ。
  自己否定をしろとか欲するなとか
  言うんじゃないんだ。
  いいかい。
  ただ、どこで止まるかを知ること、
  それだけさ。
  (「タオ、老子」加島祥造)

  禁句にしている三つの言葉がある。
  忙しい
  がんばる
  若い
  (「言葉の力」坪内稔典)

  深い悩みによって
  私の魂は
  人間性を与えられたのである
  (ウィリアム・ワーズワース イギリスの詩人)

本堂に座って 2017年8月

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今年も夏休みが始まりました。
毎年のことながら、ウチの子どもたちのことは何かと気がかりなのですが(部活も宿題も、いろいろ…)、もう1つ夏休みというと、子どもたちが自分で決めた目標に向かって自分の力でチャレンジする「キミチャレ」(残念ながら豊田市では中断してしまいましたが…)が思い出されます。
チャレンジする子どもはもちろん、実は見守る大人が大変なのです。
大人は「答え」を持ってしまっているので、子どもにいろいろ教えたくなるのですが、そこはじっと我慢、子どもに任せなければいけません。
「答え」を与えて“成功”という「結果」を出すより、失敗しても子どもの「問い」を奪ってはいけないのです。

まず、大切なのは、「問い」を持つことじゃないかな。
とにもかくにも、「問い」を持つ癖を身につけなければ、面白いことは何ひとつ始まらない。
しかし、だ。
比較的ライトな「問い」はさておき、やっかいなことに、自分の人生を賭けるほどの「問い」…たとえば、「遠くにいる人と会話することはできないの?」というような「壮大な問い」は、自分にとって“居心地が良い場所”にはあまり落ちていない。
なぜ、自分がいる場所の居心地が良いかというと、以前、この場所にあった「壮大な問い」を、すでに誰かが解決してくれたからだ。
1876年にアメリカのグラハム・ベルが電話を発明しちゃったから、「遠くにいる人と会話することはできないの?」という「問い」は、もう生まれない。
つまり、人生を賭けるほどの「問い」を見つけるには、居心地の悪い場所に立つ必要がある、というか居心地の悪い場所に立った方が「問い」が見つかりやすい。
僕は、「やりたいことが見つからない」という相談を受けた時には必ず、「僕なら、3キロのダイエットをして、その体重を維持してみるよ」と返すようにしている。
3キロ痩せるには食生活を改めなきゃいけないし、そして痩せたまま体重を維持するには帰り道は一駅手前で降りて歩かなきゃいけないかもしれない。
面倒だし、あまり居心地が良いとは言えないよね。
ただ、それによって何が変わるかというと、入ってくる情報が違ってくる。
ここが大事。スーパーで食品を手に取る時に、これまで気にしなかったカロリー表示を見る。
カロリーが低いものを選んでいくうちに、買い物カゴには、やけに味気ないものばかりが積まれていって、「あぁ、肉、食いてぇなぁ。野菜よりカロリーの低い肉はないのかなぁ?」と、そこで「問い」が生まれる。
帰り道、ダイエットのために一駅手前で降りて、家まで歩いてみる。
その道すがら、まるで流行っていない英会話教室を見つけることもあるだろう。
その時に、「あの英会話教室は、なんで流行ってないのかな?」という「問い」が生まれる。
「教え方かな?立地かな?看板のデザインかな?」といった感じで「問い」がドンドンと。それもこれも、一駅分歩いていなければ出会わなかった「問い」だ。
ダイエットという、居心地の悪い場所に身を投じなければ、出会わなかった「問い」。
人生を賭けるほどの「問い」は、そんなところに潜んでいる。
だから、ときどき「生きづらい世の中だ」と嘆いている人を見ると、羨ましくて仕方がない。
「何故、生きづらいのか?」「それを改善するためにはどうすればいいのか?」といった「問い」に囲まれているわけだ。(中略)
「ああでもない、こうでもない」という試行錯誤の日々は、もちろん不安と隣り合わせなんだけど、たとえ「問い」を持たずに生きていても、どのみち不安は隣に寄り添っているし、さらには次から次へと現れてくる「答え」を出す人々に嫉妬を繰り返しながら年老いていく人生になるだろうな、と思って「問い」を持つ人生を選んだ。
とにもかくにも、まず「問い」を持つ。
「問い」を持つために、「問い」が落ちている場所に行く。
皆がいるような整地された場所には、あまり落ちていないから、誰も踏み入れていないような足場の悪い場所に行く。
まずは、その場所に行くところから。
(『魔法のコンパス 道なき道の歩き方』西野亮廣 著より引用しました。)

「答え」ばかりが重視され、「答え」を求めることばかりに気が向いてしまいますが、「なぜ?どうすれば?」という「問い」を持つことで、「課題」に取り組む姿勢・力が生まれてくるのだと思います。安易に「答え」を与えてはいけないですね…。

 

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守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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