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お庫裡から 2017年6月

テーマ:お庫裡から 【坊守】
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在ちゃんのピアノの先生から電話がかかりました。
母親に代わろうとすると「いえいえ、今日はおばあちゃんに」。何かと思ったら、「7月のピアノの発表会に在ちゃんと連弾で出てもらえないでしょうか」という依頼。
平田聖子先生が、親鸞聖人のみ教えに帰依され、聖人の和讃曲を多く作られ(まだまだ作っておられるさなかです)、それらの曲を守綱寺みのりコーラスも歌わせてもらっていますが、どの曲もどの曲もメロディーがとてもきれいで、ああ、あの曲が弾けたらどんなにいいかといつも思っておりました。
数年前よりご縁を頂き、先生のお宅にお邪魔して、お喋りをしているのかピアノを教えていただいているのか分からない状態ながらも、和讃曲の何曲かは引けるようになりました。
しかしながら、小さい頃からの素養の無さと老人力の加速で、せっかく弾けるようになっても、ちょっと間を空けると全く振り出しに戻ってしまうのです。
体調を崩して、ここ1年ピアノはお休みのままです。
でも、本堂にせっかくピアノがあるのだから、と法座のたびに「恩徳讃」を弾くようにしています。
何度も弾いているようですが、やはり間が空くので、ピアノの前に座るとどこか緊張して満足に弾けたためしがありません。
そんな私が連弾なんて、と少しためらいましたが、初めてのことをやってみたいという気持ちが勝りました。
在ちゃんの足を引っぱらないようにしなければなりません。在ちゃんと2人で、曲がどのように仕上がるのか、今から楽しみです。
思ってもいなかった楽しみが突然やってきて(その逆もありですが)、やっぱり生きているっていいな、嬉しいな、と感じています。

今月の掲示板 2017年6月

テーマ:今月の掲示板

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  日本国憲法 第9条
<第1項>
  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
  国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
  国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

<第2項>
  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
  国の交戦権は、これを認めない。

   憲法第9条は、仏さまの願いです。


  大事なことってシンプルで
  毎朝目覚めて感謝することじゃない
  今日も自分は目覚めた
  自分は生きているってね(歌手 マドンナ)

  
  恵まれた生活に戻ると沢山の物を手にしているのに
  誰もが不満をもらし元気をなくしている
  私たち自身が腐りきっている(歌手 マドンナ)


  壊れた原子炉よりも手に負えないのは
  きっと
  当たり前という気持ちに汚染された僕らの心


  福島第1原発事故から6年たって
  事故の責任を誰もとらないのは
  誰が見ても異常だ


  国際的に危険とされている場所を「安全」と言い続け
  「復興」や「オリンピック」のスケジュールを優先して
  子どもたちや妊婦の健康配慮は無視する
  この現実は、さらに異常だ (広河隆一 フォトジャーナリスト)


  原発の象徴的意味
  人間の終わりが象徴されている
  人間を滅ぼすようなものを
  人間が発明していると(安田理深)

 

本堂に座って 2017年6月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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先日、小学校での「絵本の楽しみ方講習会」に参加しました。
持ち物として「自分の好きな絵本を1冊」を準備するにあたって、最近はウチの子どもたちに絵本を読む機会もほとんど無くなってしまったのであれこれと迷いましたが『わすれられない おくりもの』を選んでいきました。
この絵本は、年老いたアナグマが死んでいくところから始まります。
アナグマの死を知った森のどうぶつたちは、悲しみの中でアナグマとの思い出を振り返っていく…というお話なのですが、ここには「どう生きるか」という深い問いかけがある様に感じます。

アナグマはかしこくて、いつもみんなにたよりにされています。こまっている友だちは、だれでも、きっと助けてあげるのです。
それに、たいへん年をとっていて、知らないことはないというぐらい、もの知りでした。
アナグマは自分の年だと、死ぬのが、そう遠くはないことも、知っていました。
アナグマは、死ぬことをおそれてはいません。
死んで、からだがなくなっても、心は残ることを、知っていたからです。
だから、前のように、からだがいうことをきかなくなっても、くよくよしたりしませんでした。
ただ、あとに残していく友だちのことが、気がかりで、自分がいつか、長いトンネルのむこうに行ってしまっても、あまり悲しまないようにと、いっていました。(中略)
キツネが悲しい知らせをつたえました。アナグマが死んでしまったのです。
(中略)森のみんなは、アナグマをとても愛していましたから、悲しまないものはいませんでした。
(中略)アナグマは、いつでも、そばにいてくれたのに… みんなは、今どうしていいか、とほうにくれていたのです。
アナグマは悲しまないようにといっていましたが、それは、とてもむずかしいことでした。
(中略)みんなたがいに行き来しては、アナグマの思い出を、語りあいました。
モグラは、ハサミをつかうのがじょうずです。
いちまいの紙から、手をつないだモグラが、切りぬけます。
切りぬき方は、アナグマが教えてくれたものでした。はじめのうち、なかなか、紙のモグラはつながらず、ばらばらになってしまいました。
でも、しまいに、しっかりと手をつないだ、モグラのくさりが、切りぬけたのです。
その時のうれしさは、今でも、わすれられない思い出です。
カエルはスケートがとくいです。
スケートを、はじめてアナグマにならった時のことを話しました。
アナグマは、カエルがひとりで、りっぱにすべれるようになるまで、ずっとやさしく、そばについていてくれたのです。
キツネは、子どものころ、アナグマに教えてもらうまで、ネクタイがむすべなかったことを思い出しました。
(中略)キツネは今、どんなむすび方だってできますし、自分で考えだしたむすび方もあるんです。(中略)
ウサギのおくさんのりょうりじょうずは、村中に知れわたっていました。
でも、さいしょにりょうりを教えてくれたのは、アナグマでした。
ずっと前、アナグマは、ウサギにしょうがパンのやき方を教えてくれたのです。
ウサギのおくさんは、はじめてりょうりを教えてもらった時のことを思い出すと、今でも、やきたてのしょうがパンのかおりが、ただよってくるようだといいました。
みんなだれにも、なにかしら、アナグマの思い出がありました。
アナグマは、ひとりひとりに、別れたあとでも、たからものとなるような、ちえやくふうを残してくれたのです。
みんなはそれで、たがいに助けあうこともできました。
(中略)アナグマが残してくれたもののゆたかさで、みんなの悲しみも、きえていました。
アナグマの話が出るたびに、だれかがいつも、楽しい思い出を、話すことができるように、なったのです。(後略)
(『わすれられない おくりもの』スーザン・バーレイ作・絵 小川仁央訳より引用しました。)

アナグマは特別な能力の持ち主でもなければ、目に見える様な財産を持っていたのでもないですが、残されたみんなはそれぞれに受け取ったものがありました。
今、そしてこれからの自分がどうあるべきか、何を伝え残していけるのか…目先の何かを手に入れることよりも、ずっと大切で、ずっと難しいことなのだと思います。

 

今日も快晴!?2017年6月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】

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この4月に次男が中学校に入学しました。
長男が3年生に在学しているので、特に心配することもなく送り出しましたが、予想通りというのか、予想を上回るエンジョイぶりです。
別の小学校から来た新しいお友達と仲良くなったり、部活を悩んだり、クラスの役員に率先して手を挙げたり、新しいことを素直に吸収し、楽しむ様子にほっとしています。
しかし、スマホやLINEによる生活の乱れ、いじめ、不登校等々子どもたちを取り巻く環境は厳しいものがあります。
そして、小学校の時には何も気にしていなかった「テスト」「点数」「順位」というものがあり、頭では「子どもの価値とテストの点数は別」と思うものの、やはり全く無関心では居られません。
そんなとき、たまたま手にした本『家族という絆が断たれるとき』(芹沢俊介著 批評社)が、非常にどきっとさせられる、今の自分にぴったりの内容でした。

<親に存在価値を否定された子どもたちの叫び>
「子どもに対する家族の寛容度がいちじるしく低くなってきている。
親たちの子どもに対する、自己を優先した非妥協的で容赦ない姿勢があらわになってきている。
家族の子どもに対する寛容度が低くなってきているということは、社会の子どもに対する寛容度の低下と連動しているに違いない。
・・・「ゼロトレランス(寛容度ゼロ)」という新しい生徒指導論が文部科学省によって打ち出されたことだ。
要するに、「問題行動」を繰り返す生徒に対して、具体的には「出席停止」や「体罰」といった「毅然とした対応」を取ること、これがゼロトレランスという生徒指導論の具体的な内容である。
…ところで、こといじめへの対応策としてみる限り、「ゼロトレランス」という生徒指導の効果はほとんどゼロに等しいことは明言できる。
・・・家族の寛容度の低下という問題に戻ろう。
《お母さん、私を他人と比べないで。テストの点で私の価値を決めないで。》
《お父さん、私がいるのに、部屋の電気を消さないで》。
この文章は、中学1年生300人が無記名で書いた『親への手紙』の中に見つけたものだ。
・・・子どもたちは手紙の中で、自分への親の接し方にやりきれない不満を抱えていることを明らかにしている。
・・・いい幼稚園から始まり、いい中学、いい高校、いい大学へと進む道を我が子が成就する事への期待と要求が家族を支配するとき、親は子どもの位置にしか関心を示さなくなる。
・・・親にとって最大の関心事がテストの点数であり、点数によって他人と我が子を比較したときの我が子の価値(順位)なのである。
・・・学校に通うということは、子どもはこの自分の位置を巡って激しい競争のただ中に立たされるということを意味する。
・・・だからせめて家庭は違う場であって欲しい、家庭は学校と同じであって欲しくない、というのが子どもの言い分である。
しかし、子どもは家庭内に存在するために、親の許容の限界点をクリアしなければならず、クリア不能と見なされた子どもは、容赦なく存在していること自体を否定されるのだ。
・・・部屋の電気を消すという行為は、単なる嫌がらせでは無い・・・価値の低い子どもはいらないという父親の意思表明となっている。」

このタイミングでこの本に巡り会えて、本当に良かったなと思えました。
偏差値のものさしの他に、「あなたがあなたであるということが、何よりも尊い」という仏さまのものさしがあれば、子どもたちを追い詰めずにすむのではないかと思えます。

清風 2017年5月

テーマ:清風 【住職】

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自己とは何ぞや
これ人生の根本問題なり   清沢満之
 


多少人生を経験した方 ―例えば、少し重い病気を経験した方― は、この病気さえ治ったら、もう何も問題はないと思われたに違いないし、またその病気が治ってしばらくすれば、もう健康は当たり前としてしまったのではないかと思う。
私のおかれている身の状況が自分の願っていたように変われば、ことは解決されるのだと。

次に挙げる三つの言葉が、このことを考えるヒントになると思う。
①「当たり前にある日常のありがたさを胸に、僕たちはグラウンドに立ちます。」   (2016年 選抜高校野球大会 選手宣誓より)
②「長生きはめでたいことなのか」
(83歳 男性 新聞の投稿から)
③ あなたにとって幸せとは何ですか? 「呼吸のできることです。」
(水木しげるさん 漫画家 代表作『ゲゲゲの鬼太郎』)

人間(私)はその知恵ゆえに、目の前に起きている事態を「私の判断基準」で評価している。
尺度に合えば全て当たり前として見過ごし、合わなければ状況を必死に変えようとする。
その場合、変わったのは状況だけで、「私の知恵で全てを判断していく」という状況に対する私の姿勢は何も変わってはいない。
釈尊が「覚者」と言われるのは、私が立っている立場を再検討し、何が本当に自分を苦しめているのか ― つまり、苦しんでいる自分とは何者なのかを明らかにされたことによる。
覚者(ブッダ)とは、「私は自我(エゴ)を自己と錯覚していた」と目覚めた人である。
自分が自我に振り回されている、これが凡夫と言われる人間の原存在性である。
それが、仏教(ブッダ=目覚めた者 に成る教え)と言われるものであった。

<参考>
「ものが縛るのではありません。ものをとらえる心に縛られるのです。」
(法語カレンダー(真宗教団連合発行)2015年6月 仲野良俊師の言葉)
自業自得ということ(自業自得という語は、他人に向けて言う言葉ではない)。

仏事(葬儀・法事)に課せられていること

テーマ:ブログ

「新たな出会いの場」としての葬儀…1

釈尊の伝記には、成道(覚りを開かれたこと)の第一声は「我は不死を得たり」であったと伝えられています。
また、命終を涅槃(ニルバーナ・完全燃焼)と表現しています。「お覚り」の第一声を「我は不死(無死ではない)を得たり」と。
生死する人生は、単に“ある時生まれて、ある時死んでいく”だけではなくて、1人の人間が生きることとは「一切衆生悉有仏性」(道元禅師は「有」を存在であると読まれた。
つまり、いのち有る者すべては仏性(覚り)を開くものである、と読んでいる)を体現していくことであると表現されています。これは「涅槃」を完全燃焼と表現されていることと軌を一にすることでしょう。
親鸞聖人は先に挙げた「一切衆生悉有仏性」について、『歎異抄』に「煩悩具足のわれらは、いずれの行にても、生死をはなるることあるべからずをあわれみたまいて、願をおこしたまう本意」(第3章)、「まず弥陀の大悲大願の不思議にたすけられまいらせて、生死をいずべしと信じて」(第11章)と、「迷いの生」である「生死する生き方」について了解されています。

さて、ご縁のある方が亡くなっていかれたという事実は、「悲しいことではあるけれども、穢れたことではない」と先に記しました。
今回は「新たな出会いの場としての葬儀」というテーマを掲げたのですが、そのことを確かめるために、まずこんな言葉を紹介します。

寂しさは、もらった愛情の裏返し
懐かしさは、充実していた思い出の裏返し

葬儀は「最後のお別れの場」ということだけが印象強く感じられますが、仏事としての葬儀とは、同時に「出遇いの場」でもあるのです。
大切な方との別れは、悲しく、寂しいものです。
しかし、上記の言葉にもあるように、悲しい、寂しいと感じることは、それだけその人から沢山のものを頂いてきたということにもなるのでしょう。
そのような積み重ねで今の私があるのだと。
そして、その事実は今までの私に止まらず、これから先の私の人生においても同じことが言えるのです。
沢山の人たちに支えられ、沢山の生き物の命によって生かされていくということが、私の「いのち」の事実なのです。
その事実を知らせてくださる方を、私たちは「仏」と仰ぎます。
ですから、遺された者は大切な方の「死」を、「私のいのちの事実に立ち返らせていただくご縁」として受けとめていかなくてはなりません。
それは、亡き方との別れが、そのままその人を「仏」と仰いでいく新たな出遇いとなるからです。
(東京教区報『ネットワーク9』198号 2007年1月発行 より)

人間には「二つの悲しみ」があると、金子大榮先生は教えてくださっています。その「二つの悲しみ」とは、次のように言われています。
① 失うことの悲しみ
② 日頃の暮らしを当たり前としてしか受けとめられない悲しみ
これらはまた、人間に生まれた喜びを受け止めていくための大きな関門なのでしょう。
だからこそ「人身受け難し」の言葉が「三帰依文」の最初におかれたに違いありません。
「当たり前」のこととして、まず問題にもしない言葉、それこそがこの「人身受け難し」でしょう。
「人身を頂いている」、その現前の当たり前の事実をどう頂いていくか。
進化した現代に生きる人間が当たり前としている言葉「人身受け難し」、それこそが人間に生まれた喜びであると言うのですから。

 

お庫裡から 2017年5月

テーマ:お庫裡から 【坊守】
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朝のうち残った雨も、コンサート開演時には日のさす上天気となり、4月9日、第13回の花まつりチャリティ筍コンサートは幕を開けました。
今年は春の訪れが遅く、例年のコンサートでは「名残の桜を」とか「散って葉桜となっていて残念」と言っていたのに、参道(5本)も裏の広場(50本以上)もコンサートに合わせる様に一斉に咲き始め、本堂いっぱいのお客様(大人チケット166枚)を迎えることができました。
今年メインで出演の悠情楽団のお2人は、どこか泥くさく、居酒屋(行ったことはないですが…)のライブに入ったような、知らぬ間に会場のみんなを二人の世界に引き込み、お客さんの中をまわり、時間を大幅に延長して、会場を大いに盛り上げ、楽しませてくださいました。
バザーは、皆さん楽しみにされている筍が出てなくて(前日に筍を掘りに5人来ていただき、薮中探していただきましたが、1本も見つからず)残念でしたが、2ヶ所の呈茶席、お花、手作り品など、大いに賑わいました。
コンサートチケット、花御堂志、呈茶、花、手作り品等、バザーの純益は、後日、公益財団法人震災復興支援放射能対策研究所へ、45000円送金させていただきました。
コンサートを終えるといつも思います。
一つ事を成すのにも、どれ程たくさんの方のお力を頂戴していることか、どんなに助けて頂いていることか、どんなに支えられていることか、と。
係わって下さったおひとりお一人の皆様に、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
みのりコーラスの仲間が「これ(筍コンサート)が楽しみで1年過ごしているようなものだよ」と言ってくれます。
その言葉を励みに、来年のコンサートに向けて私も頑張ろうと思っています。
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守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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