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仏事(葬儀・法事)に課せられていること

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「新たな出会いの場」としての葬儀…1

釈尊の伝記には、成道(覚りを開かれたこと)の第一声は「我は不死を得たり」であったと伝えられています。
また、命終を涅槃(ニルバーナ・完全燃焼)と表現しています。「お覚り」の第一声を「我は不死(無死ではない)を得たり」と。
生死する人生は、単に“ある時生まれて、ある時死んでいく”だけではなくて、1人の人間が生きることとは「一切衆生悉有仏性」(道元禅師は「有」を存在であると読まれた。
つまり、いのち有る者すべては仏性(覚り)を開くものである、と読んでいる)を体現していくことであると表現されています。これは「涅槃」を完全燃焼と表現されていることと軌を一にすることでしょう。
親鸞聖人は先に挙げた「一切衆生悉有仏性」について、『歎異抄』に「煩悩具足のわれらは、いずれの行にても、生死をはなるることあるべからずをあわれみたまいて、願をおこしたまう本意」(第3章)、「まず弥陀の大悲大願の不思議にたすけられまいらせて、生死をいずべしと信じて」(第11章)と、「迷いの生」である「生死する生き方」について了解されています。

さて、ご縁のある方が亡くなっていかれたという事実は、「悲しいことではあるけれども、穢れたことではない」と先に記しました。
今回は「新たな出会いの場としての葬儀」というテーマを掲げたのですが、そのことを確かめるために、まずこんな言葉を紹介します。

寂しさは、もらった愛情の裏返し
懐かしさは、充実していた思い出の裏返し

葬儀は「最後のお別れの場」ということだけが印象強く感じられますが、仏事としての葬儀とは、同時に「出遇いの場」でもあるのです。
大切な方との別れは、悲しく、寂しいものです。
しかし、上記の言葉にもあるように、悲しい、寂しいと感じることは、それだけその人から沢山のものを頂いてきたということにもなるのでしょう。
そのような積み重ねで今の私があるのだと。
そして、その事実は今までの私に止まらず、これから先の私の人生においても同じことが言えるのです。
沢山の人たちに支えられ、沢山の生き物の命によって生かされていくということが、私の「いのち」の事実なのです。
その事実を知らせてくださる方を、私たちは「仏」と仰ぎます。
ですから、遺された者は大切な方の「死」を、「私のいのちの事実に立ち返らせていただくご縁」として受けとめていかなくてはなりません。
それは、亡き方との別れが、そのままその人を「仏」と仰いでいく新たな出遇いとなるからです。
(東京教区報『ネットワーク9』198号 2007年1月発行 より)

人間には「二つの悲しみ」があると、金子大榮先生は教えてくださっています。その「二つの悲しみ」とは、次のように言われています。
① 失うことの悲しみ
② 日頃の暮らしを当たり前としてしか受けとめられない悲しみ
これらはまた、人間に生まれた喜びを受け止めていくための大きな関門なのでしょう。
だからこそ「人身受け難し」の言葉が「三帰依文」の最初におかれたに違いありません。
「当たり前」のこととして、まず問題にもしない言葉、それこそがこの「人身受け難し」でしょう。
「人身を頂いている」、その現前の当たり前の事実をどう頂いていくか。
進化した現代に生きる人間が当たり前としている言葉「人身受け難し」、それこそが人間に生まれた喜びであると言うのですから。

 

お庫裡から 2017年5月

テーマ:お庫裡から 【坊守】
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朝のうち残った雨も、コンサート開演時には日のさす上天気となり、4月9日、第13回の花まつりチャリティ筍コンサートは幕を開けました。
今年は春の訪れが遅く、例年のコンサートでは「名残の桜を」とか「散って葉桜となっていて残念」と言っていたのに、参道(5本)も裏の広場(50本以上)もコンサートに合わせる様に一斉に咲き始め、本堂いっぱいのお客様(大人チケット166枚)を迎えることができました。
今年メインで出演の悠情楽団のお2人は、どこか泥くさく、居酒屋(行ったことはないですが…)のライブに入ったような、知らぬ間に会場のみんなを二人の世界に引き込み、お客さんの中をまわり、時間を大幅に延長して、会場を大いに盛り上げ、楽しませてくださいました。
バザーは、皆さん楽しみにされている筍が出てなくて(前日に筍を掘りに5人来ていただき、薮中探していただきましたが、1本も見つからず)残念でしたが、2ヶ所の呈茶席、お花、手作り品など、大いに賑わいました。
コンサートチケット、花御堂志、呈茶、花、手作り品等、バザーの純益は、後日、公益財団法人震災復興支援放射能対策研究所へ、45000円送金させていただきました。
コンサートを終えるといつも思います。
一つ事を成すのにも、どれ程たくさんの方のお力を頂戴していることか、どんなに助けて頂いていることか、どんなに支えられていることか、と。
係わって下さったおひとりお一人の皆様に、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
みのりコーラスの仲間が「これ(筍コンサート)が楽しみで1年過ごしているようなものだよ」と言ってくれます。
その言葉を励みに、来年のコンサートに向けて私も頑張ろうと思っています。

今月の掲示板 2017年5月

テーマ:今月の掲示板

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  人間は生きものであり
  自然の一部です

  生きものは時間を紡ぐもの
  機械は便利さを求め、時間を切ります
  時間は生きる基本です

  機械でなく
  生きもの(生命あるもの)が持つ
  特性に目を向け
  そこに価値をおくことです

  人間も含めて地球上の生きものは
  すべて祖先をひとつにする仲間なのであり
  みんなで一緒に生きるようにできている

  この世の中にあるものは
  あるということ
  それだけでもうよいのです
  「あるということ」をそのまま受けとめ
  時には「あること」をふしぎがったりする
  それが生きていること

  こんなにありとあらゆるものが
  ありとあらゆるところで
  ありとあらゆることをしながら
  その全体がこんなに美しいバランスを持った
  宇宙に作られているのは
  なんとすばらしいことだと
  思わずにはいられません

   カニ  まどみちお
  カニが カニっとしているのは 嬉しい
  カニが それを気づいてないらしいので
  なおさら しみじみと・・・・・
  ああ こんな私も 私っとしていることで
  だれかを喜ばせているのかもしれない
  私が まるで気づかないでいるとき
  いっそう しみじみと・・・・・
  そう思うことも できるんかなぁ
  と、私は胸をあつくさせた

  何か困った事が起きたら
  何故私はそのことに困るのか
  私は一体何を大事なこととしているのか
  この大事にしていることは
  本当に大事にするに足ることなのか、と
  自分で自分に問うてみる
  それを内観という

本堂に座って 2017年5月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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今年も昨年に引き続き、3月27日~31日まで「福島のみんな!あそびにおいでんプロジェクト」(原発事故による放射能の影響を軽減するための保養事業)が開催されました。
守綱寺には27日~30日まで、昨年と同じくMさん一家をお迎えし、裏の広場で遊んだり、福島での現状を聞かせてもらったり(詳細は『今日も快晴』を読んでください)と、充実した4日間を過ごすことができました。
「おいでんプロジェクト」は、原発事故後の福島の状況へ強い思いを持った皆さんが立ち上げ、ちょうど同じ頃「保養事業を企画していきたい」という思いを持っていた真宗大谷派岡崎教区が主旨に賛同し、「共催」の形で開催されています。

原子力発電所の稼働は、原発作業員の被ばく労働に支えられる社会を生み出し、ひとたび放射能に侵されればその地域や国土の風評被害を含め、そこに住む人々までも排除してしまうような「差別社会」を助長します。
(中略)さらに、このたびの事故により原子力を利用する限り、現在のみならず未来のいのちをも脅かす放射線被曝を避け得ないことが明らかになりました。
(「原子力発電所の再稼働に対する真宗大谷派の見解」2012年4月23日 より抜粋)

いのちは生きる場所を失っては生きられません。人のいのちが育まれる大地とは、人と人が共に生きあえる社会であります。
いま願われることは、被災された人々の悲しみに寄り添い、引き裂かれた関係性を回復していくことではないでしょうか。
(「九州電力川内原子力発電所の再稼働に関する声明」2015年8月10日 より抜粋)

他のいのちを顧みないものは、自らのいのちも見失います。そして、それは未来のいのちをも脅かすことになるのです。
(「関西電力高浜原子力発電所の再稼働に関する声明」2016年2月1日 より抜粋)

福島第一原子力発電所の事故による放射性物質の拡散に伴い、多くの子ども達が地元を離れて避難生活を送ったり、外で長時間遊ぶことができなかったり、行動の自由を奪われている状況があります。
何よりも、福島県内では、小さな子ども達が低線量被曝を今もなお余儀なくされている状況に本当に悲しい気持ちで一杯です。
子ども達の被曝を避けるために避難したほうがいいのは分かっていても、様々な事情で「避難」「疎開」できないご家庭が多くあることを聞きます。
それは、美しい故郷への強い想いや、家族との強い絆、私達には簡単に言葉で言い表せない事情があるのだと考えます。
福島のママからは、このような言葉をよく聴きます。
「子ども達が、以前のように、自由に砂場遊びができて、自由に川で遊べて、自由に外で走り回れたらいいのに・・・」福島の子ども達が、笑顔で過ごせる機会をたくさん作りたい!私達の中で、強い想いが芽ばえ、このプロジェクトを立ち上げました。
フランスの医師であるミッシェル・フィルネックス博士も、「放射能から子ども達を守るために最も重要なことは、食べ物による内部被曝を避けることと、子どもを汚染地域外でしばしば休養させることも効果的である」と述べています。
福島の子ども達に必要なことは、数日から数週間の短期間の保養でも、体内の放射性物質を減らし、自由に野外を駆け回ることでストレスを発散することだと考えます。
また、日ごろ子ども達の被曝に気を遣っているお母さん達にとっても、心配をせずに子ども達を自由に遊ばせることができることから、同じようにリラックスできる良い機会だと思います。
なかなか知ることのできない福島のお話を聴き、今回の事態について、みんなで話し、一緒に考える機会を作りたいと思います。
全ての地域の、すべての世代の方々ができうる限り健やかに暮らす社会こそが、子どもたちの明るい未来を作っていくと信じてやみません。
(「福島のみんな!遊びにおいでんプロジェクト」FBページより抜粋して引用しました。)

本山・真宗大谷派の見解・声明とおいでんプロジェクトの願いに重なる部分があり、その願いに共感したことから、日程の合う際には受け入れ寺院として手を挙げているのですが、原発事故に対する思いや状況がだんだん変わっていくのを感じます。
変えるべきところは変えながらも、継続して関わっていきたいと思っています。

 

今日も快晴!?2017年5月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】

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この春休みに、岡崎教務所との共催による「福島のみんな!遊びにおいでんプロジェクト(若院さんのお話参照)」が開催されました。
守綱寺でも、3月27日から30日までの4日間、福島からMさん一家をお迎えすることになりました。
福島のお母さん達と同じように子育て中の身であること、地震、津波、原発事故、未曾有の災害に「何かしたい。けれど、何が出来るだろう?」と模索していたので、ここ豊田に居ながらお手伝い出来ることがあるなんて、本当に幸せだ、ありがたいと思いました。
おいでん開催中は、お寺で活動している「寺っ子クラブ」のメンバーが中心になり、企画から準備から様々な面でお手伝いをしてくれました。
27日は福島からの移動にあててもらい、28日は読み聞かせ会の「春休みお楽しみ会」を開催していたので、劇や合唱、朝市でのお買い物を楽しんで貰いました。 
午後からはMさんを囲んでお話会を開き、福島での今の生活について聞かせて頂きました。
除染しても捨てる先が無いから、庭先にシートなどに覆われて除染した土がそのままになっている、子どもたちが知らずにその山で遊んでしまう。
雨が降ると線量が上がる、排水溝の側溝なども掃除が出来ない、隣のリンゴ農家さんからリンゴを頂くけど、除染や放射能対策を十分にしていないようなので、とても子どもには食べさせられない、甲状腺検査を受けたものの、全国のデータなどと比較が出来ないから「みんなそうだよ」「心配無い」と言われても、本当にそうなのか不安は残る。
聞かれたら「保養に行く」と答えるけど、自分からは言わない。
表だって放射能などの話はしにくい、etc・・・といった福島の現状を聞くことが出来ました。
Mさんの「何も変わっていない」という言葉が、胸に重く残りました。
政治家や外にいる人間が、安易に「安全だ」「いつまで放射線と言っているのか」など言うべきではないと思います。
夜は引き続き、寺っ子クラブ有志でカレー作りでした。
お米や野菜を差し入れして下さる方があったり(河合明子さんがたくさんの食材を差し入れして下さりました。ありがとうございました)、朝市に出店されていた「てくてく農園」さんが卵を差し入れして下さったり、おかずを届けてくれる方があったり、皆さんの温かい気持ちのこもった美味しい晩ご飯でした。
29日は、三河名物の五平餅を作って一緒に食べ、夜は守綱寺の竹やぶで掘った筍を使って山菜おこわを頂きました。
30日は、「野草を食べる会」を企画して、守綱寺の境内を回ってカラスノエンドウ、タンポポ、ツクシ、よもぎなど集めて調理して皆で頂きました。
どの日も、入れ替わり立ち替わりたくさんの人に関わってもらえました。
子どもたちは守綱寺の広場を駆け回り、土手滑りや鬼ごっこ、焚き火など思う存分外遊びを楽しみました。
すっかり打ち解けた子どもたちが仲良く遊ぶ様子は感動的でした。
朝は本堂の縁の雑巾がけ、参加者の皆で夕方のお勤め、食前の言葉の唱和など、お寺ならではの活動を通して、仏さまの願いを感じながらの活動になったのではないかと思います。
「福島」や「放射能」が、テレビの中の遠くの世界の出来事ではなく、自分の友達が暮らす場所の問題なんだと思えることが、無関心や無理解を無くしてゆく第一歩だと思いました。
原発いじめの問題も、同じようにしてでなければ解決できないのかなと思いました。

 

清風 2017年4月

テーマ:清風 【住職】

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あなたはあなたで在ればよい
あなたはあなたに成ればよい   釈尊
 


もう60年ほど前、アメリカの映画の主題歌で我が国でもよく歌われた「ケ・セラ・セラ」は、各フレーズの最後に「なるようになるわ さきのことなど わからない わからない」という言葉が繰り返されました。
歌詞は知らなくても、この繰り返される部分のみは覚えている方もおられると思います(私もその1人です)。
この歌が流行したずーっと後に、聞いた言葉が次のようなものでした。

どうかならなければ幸せになれないものは
どうなってでもその幸せは 長くは続かない  釈尊

そして現在、私どもがよく聞く言葉は「いのちは尊い だから 大切にしなければならない」というものです。
この言葉を聞いて、何か落ち着かない―もう少し言わせてもらえるならば、何かうさん臭さを感じるのはなぜなのでしょう。
今よく使われる言葉で言うならば「上から目線」ということでしょうか。
「ケ・セラ・セラ」で繰り返されるフレーズ「なるようになるわ さきのことなど わからない わからない」を聞くと、妙に納得したというか「わかりました」と引き下がらずにはおれないものを感じさせられたことですが、どうでしょう。
私は冒頭に掲げたこの釈尊の言葉に出遇い、「そうか」と思わせられたことでした。
それは、こういうことかと思います。
「いのちは尊い」と言われてきたのは、物のように代わりはない―つまり「私のものではない、他人のものもない」という至極当たり前の事実を表現しているということ。
そうです、「いのちはいのちのもの」であったのですし、あるのでしょう。だから「いのちは尊い」と言われてきたのです。
つまり端的に言って、いのちは与えられたもの、私に預けられたものであったのです。
では、預けられたいのちは、私に何を願っているのでしょうか。
それを表現しているのが、上に掲げた釈尊の言葉であったのです。
俗にも「(私の)思うようには ならないけれど なるようには なる」と言われています。

仏事(葬儀・法事)に課せられていること

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3・11から6年、今年は7回忌の年です。
あの震災から2年半ほど経過した2013年10月11日の午後、自動車のラジオを聞いていたとき、今もよく覚えている「失ってみなければ、日頃の暮らしの有り難さはわからないと思います」という言葉が聞こえてきました。
当時は毎月11日には、ラジオ・TV、新聞でも東北の人たちのことを忘れまいと、現地からの状況が伝えられてきました。
その企画で現地の人々へのインタビューの中での発言でした。
葬儀は、一言で言うなら、縁あった方が亡くなったことによって行われるものとも言えるのでしょう。
亡くなったその方との縁の有りようは様々でしょう。
縁はいろいろなのでしょうが、実は残された者は亡くなった方からどういうメッセージをいただいてゆくか…という縁(場)でもあるのです。
その時に、亡くなった方を「仏さん」と呼んできた故事が、今この現代という時代にあって、私はあらためて思い起こされるのです。
それは1面にも書きましたように、いのちは誰にあっても「与えられたもの」だからです。
与えられたものを私有化している、それを人間は知恵を持ったばかりに忘れてしまった。
そのことに気付けという催促をいただいている場(縁)、それが仏式で葬儀が行われている意味なのです。
そのことを詠んだ詩「生」(杉山平一 作)を紹介します。

ものを取りに部屋へ入って
何を取りに来たかを忘れて
戻ることがある
戻る途中で
ハタと思い出すことがあるが
その時は すばらしい

身体が先に この世へ
出てきてしまったのである
その用事は何であったのか
いつの日か思いあたるときの
ある人は 幸福である
思い出せぬまま
僕はすごすごあの世へ戻る

私がこの世へ出てきた「その用事は何であったのか」を改めて問う、その「尊いご縁」を「今、いただいている」、それこそが葬儀の場からの新しい出会いをいただくスタートであったのだと。
とすると、「安らかにお眠りください」と、もし弔電などで発信すれば、「目を覚ませ」と身体(からだ)全体をあげて亡くなった方が教えてくださっている縁を、その方はまったく活かせていないという錯覚で終えてしまうことになると。
釈尊は、まことにそれは残念なことだと。目を覚まさなければならない、眠っている私がせっかくのご縁を生かせていないと。
「失ってみなければ、日頃の暮らしの有り難さはわからない」との貴重な体験の中からの言葉を冒頭に紹介させていただきました。
ここには人間(他ならぬ、この私)の2つの悲しみが述べられています。
1つは文字通り「失う悲しみ」でしょう。
もう1つは(これこそ私どもへの最も大切な伝言だと思うのですが)失ってみなければ、日頃の平々凡々と思える繰り返しの日常生活が「有ること難い」、それこそ「奇跡」であるのに、そのことに気づけない。
それが知恵をいただいている人間であることの悲しみであると。「眠っているのは、お前(私)ではないか」と。
なぜなら、その大事なご縁を「安からにお眠りください」と言って他人事にしてしまっている、と。
仏法を聴聞してこられた先輩は、仏式で行われる葬儀こそ、教えを聞かせていただく場であると、身を運ばれていたに違いありません。
今でも亡くなった方を「仏さん」と呼ぶのは、こうした伝統の賜(たまもの)以外のなにものでもないのですから。

 

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守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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