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お庫裡から

テーマ:お庫裡から 【坊守】
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 年末に、小学校を卒業して50年が経ったと、
同窓会の案内が舞い込みました。

私が卒業したのは、今でこそ津市になっていますが、
津の西方、安濃村(私の子供の頃はその村がもっと小さく
安濃(あのう)・村主(すぐり)・
明合(あけあい)・草生(くさわ)と分かれていて)、
経ヶ峯という山懐の一番奥まった草生村の草生小学校です。
(ちなみに中学は、4つの村の4つの小学校から、
村に1つの東観中学校に進みました。)

案内が届いた時、
「わー、同窓会だって。」「エー、50年ぶり」
「同窓会開いてくれる人が出来たんだ。」
「わー、嬉しい」とすっかり舞い上がってしまいました。

そして、ハタと気がついたのです。
小学校の同級生って、誰がいたかしら。
同級生は45人(男23人・女22人)
という事はよく憶えていました。
しかし、名前が出てこないのです。

お世話役の3人は、同じ集落だったので
(それでもいつから顔を合わせていないか)知っているとはいえ、
35人が集まるという同窓会に
(これも偶然ですが、家のすぐ前にいた同級生が、
豊田に家を構え、寺の門徒になってくれている)
2人で出かけて行きました。

中学で同じクラスになった人も何人かはいますが、
ほとんどが初めましての感覚で、
案内状を手に取った時のワーっと沸き立ったような
喜びの感じがショボショボ消えて、
その時撮った集合写真をながめつつ、
これは誰だった? 

名簿と姿が結びつかない私なのです。

今月の掲示板 2010年2月

テーマ:今月の掲示板
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●人間は、欲に手足のついているものぞかし。(井原西鶴)

●地獄が人間を殺すのでない。
地獄を逃れようとする心が人間を殺す。

●沈む所は地獄であるが、
それは、浮べる力のある本願のところ。

●沈めば、そこは浮ぶ所。
不思議じゃないかね。

●心はあれを思いこれを思いしている。
人間の心というものは、解決のないものです。

●海は泳ごうとする力があれば、かえって怖い。
泳ぐ腕の力には限界がある。
我々は、落ちまいとするから怖いけれど、
海にのみ尽くされれば海は浮かべる。

●怖いものを避けるから、怖いのです。

●やがて死ぬということを考えておるからあかん。
今、死ぬる。
助からん身(自力無効)に死する。
それが、生きる所。

●本願にふれて初めて助からんことがわかる。
凡夫ということがわかる。
助からん身とわかれば、そのまま助かったことです。
それが不思議です。

●なるべく地獄に落ちずに助かろうと思っておったが、
徹底的に地獄に落ちる。
そこに本願がある。

●死んで生きる。
一ぺん死なんとあかん。

本堂に座って 2010年2月

テーマ:本堂に座って 【若院】
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 ある日の午後のことです。
子どもたちが「今から図書館へ行く」というので、
一緒に身支度をしていたのですが、
3人とも、よそ事をしたり、ちょっかいを出し合ったりしながらと、
なかなか準備が進みません。

嫌がる在ちゃんを寝転がしておむつを替えようとしていると、
先に着替え終わった誓くんが在ちゃんに嫌がらせをして、
在ちゃんはまた起き上がってしまいました。

ここまで何度も注意を繰り返した上のことだったので、
「いい加減にしなさい!!」と声をあげ、じっとにらんでいると、
ふと誓くんがつぶやくように「そんなことくらいで、おこるな…」
「!!」この一言には我慢の限界を超えてしまって、
誓くんにつかみかかるように
「誰に向かってそんなこと言った!」と大きな声をあげてしまいました。

すると誓くんは、泣きながら
「いまのきもちを、かんがえてみてよ」。
あまりに予想外の言葉で、一瞬ドキッとしましたが、
その場は「お父さんのことを言う前に、誓くんも考えてみなよ。
早く出かけられるようにと思って準備してるのに、
邪魔されたらお父さんもイヤな気持ちになるでしょ」
と言葉をつなぎました。

誓くんは納得いかないような顔をしながら黙っていましたが、
開くんがおふざけをしてくれて場をなごませてくれたのでした。


 それにしても、誓くんはどこでこんなことを覚えてきたんでしょう? 
かなりイラッときていたはずが、
この一言ですっかり落ちつかされてしまいました
(というか、あまりのことに横を向いてにやついてしまう程でした)。

確かに、誓くんに怒ってしまった要因は、
単に「誓くんが邪魔をした」ということだけではありません。
いろんな要因が重なった最後のきっかけが誓くんだった…
そのことに、
「いまのきもちを、かんがえてみてよ」
という言葉で気付かされました。

きっと、誓くんなりに納得のいかない気持ちがあったんでしょう。
そういえば開くんも、
自分が納得のいかない怒られ方をした時には、
(泣いてでも)必死に訴えかけてきます。


 親の立場から子どもたちを見る時には、どうしても
「子どもが(大人に対して)こんなことをしては(言っては)ダメ」
という視点に立ってしまうものです。

では、大人である自分が子どもたちに見せている姿は、
その視点に見合うものになっているか、と考えてみると、
とても子どもたちに顔向けできない様なことばかりです。

お兄ちゃんたちの姿をよーく見ている在ちゃんが、
開くん・誓くんのマネ(あまりやって欲しくないことばかり…)をすると、
「ほら、開くん・誓くんがやるから、在ちゃんがマネするでしょ!」
と言ってしまいますが、ふだん、開くん・誓くんは
誰の姿を見ているか…ということには、
自分の目が向いていないのです。


 親である自分から子どもたちに教えてあげる、
という意識ばかりが先に立ってしまいがちですが、
こんな毎日のできごとの中で、
子どもたちからこちらが教わることもたくさんあることに、
あらためて気付かせてもらったできごとでした。

今日も快晴!? 2010年2月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】
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最近、周囲の友達の影響で、色々な物を手作りするようになりました。
ジャム、干し芋、味噌、漬け物、手打ちうどん、
煮豆、甘露煮、ドレッシング、めんつゆ、ごまだれetc・・・。

どれもこれもちょっと時間を見つけてやろうと思えば
自宅で簡単にできる物ばかりですが、
学生時代の自分からは考えられないものばかりです。


 親元を離れて初めて下宿生活を送った学生時代は、
とにかく毎日が開放感に満ちあふれて楽しくて楽しくて、
自分のためにご飯を作る時間なんて
もったいなくて取っていられませんでした。

体育会系ハンド部に、憧れていたバンド活動や
初めてのアルバイト、学園祭の実行委員会や(一応)授業など、
分刻みのスケジュールで毎日が埋まり、
まず削ったのは食事の時間。
カロリーメイトをかじって昼食の代わり
なんてことがしょっちゅうでした。

納豆があればごちそうで、
カレーを作ろうと思ったけれど下宿に食材が何もなくて、
乾燥ワカメと干し椎茸で作ってみたら、
ものすごくまずかったことを覚えています。


 その頃は、服装のおしゃれな友人や、
かっこいいバンドの先輩に憧れる気持ちはありましたが、
地味で手間暇の掛かる作業をして、
スーパーに行けば簡単に手に入る物を作ろうなんて、
そんなこと発想すら出来ませんでした。

ところが今、憧れているのは、
漬け物や保存食を何種類も作ることが出来る人や、
季節の野菜の上手な料理法を知っている人、
畑をしている人etc・・・。

いずれもお手本になるベテラン主婦の方が周りに多く、
ご近所付き合いのある田舎であることや、
人の出入りの多いお寺という環境のおかげで、
同世代の友人だけでなく、母親世代や、
もっと上の年代の方とも交流が出来ることが、本当に勉強になり、
ありがたいなぁと思えます。

また、「納豆が大ごちそう」というレベルから始まった私の料理を、
文句を言わずに食べてくれた家族にも本当に頭が下がります。


 田舎暮らしの良いところは、
季節の野菜がご近所さんからいただけるところです。

家事を交代した最初の頃は、
「今日は何を作ろうか→シチューにしようかな→
じゃあ○○が無いから買いに行こう」という
メニューの組み立て方だったのですが、

最近では
「この白菜と大根の山とどう戦うか・・・」といった
ところから献立がスタートします。

当然シチューを作る時も、
「大根と白菜と里芋とにんじんがあるから、それで」
という感じになります。
山盛りの季節の野菜を、どう最後まで無駄なく使い切るか・・・。
そういう観点から考えると、漬け物や保存食って、
本当に理にかなっているなぁ・・・昔ながらの生活の知恵というのか、
日本の風土や気候に合わせた暮らしって本当にすごい!
と感心してしまいます。

輸入された高級食材より、
近所の畑で採れた泥や虫の付いたお野菜の方が
よっぽどごちそうだと思えます。


 出来ないからこそ憧れる手間暇掛けた豊かなカントリーライフ。
これは多分、若かりし頃あまりにまともな
生活をしてこなかった反動かも!?

子どもや家族のお陰で、
ちょこっとまともになっただけで、単なる揺れ戻し。
極限まで振れれば戻るようなので、
将来在が乾燥ワカメ入りのカレーを作っても、
「お母さんもそうだったよ」と、温かい目で見て あげよう・・・。

清風 2010年1月

テーマ:清風 【住職】
清風

心得たと思うは 心得ぬなり
   心得ぬと思うは こころえたるなり
_______________________

 本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。
                              元旦

『正信偈』のはなし 2010年1月

テーマ:『正信偈』のはなし 【住職】
「生きていてよかった」といえる人生を生きる『正信偈』のはなし
No.171

善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪 光明名号顕因縁

「善導独(ひと)り、仏の正意を明かせり。
定散(じょうさん)と逆悪を矜哀(こうあい)して、
光明名号、因縁を顕す。」 
_________________________

 念仏の教えを聞いてきた先輩は、この世が娑婆であるという受け取りを大事にしてきました。

娑婆とはインドの言葉で、日本語にすれば「忍土」あるいは「雑会」とも訳される言葉です。つまり、この世は辛抱しなければならない場所だというのです。

しかし私どもは、ただ単に辛抱しているのではありません。諺にも「ならぬ堪忍、するが堪忍」と言うように、辛抱することにある意味を見出したのです。

 辛抱しなければならないのは、相手があってのことです。身近な例でいえば、家族でしょう。辛抱しているのは辛いことです。ことに、自分一人が辛抱していると思っているのは辛いものです。

 さてそれでは、辛抱しているという被害者意識から解放されることは出来ないのでしょうか。なかなか困難であることは確かなようです。何故なら、自分が凡夫(ただひと)という自覚を持つのは、ほとんど不可能だからです。

凡夫というのは妄念を自己として生きるものという意味です。源信僧都も「妄念はもとより凡夫の地体なり」(『横川法語』)と言っておられます。

 私どもは「辛抱している」と言うのですが、四六時中辛抱ばかりしているのでしょうか。そういう人は「たいした人(?)」と言わねばならないかもしれません。相手の辛抱が全然見えていないということなのですから。

 自分は全く周囲が見えていなかったという発見。つまり、相手の辛抱が見えてきたということを「逆悪の自分」と教えによって見出されたこと。それが、善導大師が「独明」と讃えられている意味なのです。

まったく、私どもはどうなったらいいのでしょう。一人でおれば淋しい、大勢でおれば辛抱しなくてはならないというのです。「一人でおれば静か、二人でおれば賑やか」とは、なかなかいかないもののようです。

お庫裡から 2010年1月

テーマ:お庫裡から 【坊守】
お庫裡から
 ある日の夕食時、誓くんが突然「ぼく、1年生になるときに名前を替えてほしい」と言い出し、食卓が一瞬、固まってしまいました。「あのー、もしかして、開くんとかに?」母親の恐る恐るの問いかけに、彼はこっくりと大きくうなずいたのです。全員がそれを見届け、再び時が戻り、何事もなかったように食事は進んでいきました。

開くんを2才の差で追いかける誓くんが、どんなに兄の開くんをまぶしく、うらやましく思って見ているのか。次女の私は、そんな誓くんを見るとせつなくて仕方がありません。(聞くと、長女の娘は、長男の方に自分を重ねて見ているようです。)

毎晩のお夕事は「三帰依文」「重誓偈」「念仏」「回向」をやっています。

「誓くん、ほら、このお経を読むと、最初の方に3回も誓くんの字が出てくるでしょう。

仏様が「私の名前を称える人は、誰1人ももらさず救うぞ」と誓われたの。誓くんの名前の「せい」いう字は、仏様の誓いという意味で、とっても大切な字で、それが誓くんのお名前になっているんだよ。この仏様の誓いがあっても、私の心の眼が開かないと、仏様の誓いがわからない。

だからどうしても心の眼を開いてくれと、2回開くんの「開く」という字が、誓の字の後に出てくるでしょ。

誓くんのお名前の字も開くんのお名前の字も、とっても大切な意味を持っていて、2人の名前の字がなければ、仏様の教えは成り立たない、というくらい、大切な大切な字のお名前なんだよ。

開と誓と2人揃って「ああ、ぼくはぼくであることがとても大切なんだ」と思えたという事が、在ちゃんのお名前の字なんだよ。

だから、3人とも居てくれなくちゃ駄目なの。3人が3人とも、とても大切。
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守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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