今日も快晴!? 2010年5月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】

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 ゆっくりペースの長男、開も最近ようやく
自転車の補助輪が外れ、我が家のプチイベントに
「Aコープまで自転車でお買い物」が加わるようになりました。

自宅から一番近いこのスーパーまでは、
自転車を使って10分ほどの距離で、
家から田んぼを囲む農道を走ってゆく
「田舎コース」は、お天気の良い日には
本当に気持ちの良いサイクリングが楽しめます。

 先日お買い物に出かけたときのことです。
「今日は何も買わないからね」という約束で、
子ども達を店内に入れました。
長男の開はわりと聞き分けがよく、
最初に「今日は買わない日」と言い聞かせれば、
特にごねることはありません。
しかし、次男の誓は目ざとく見つけた
キャラクター商品の箱をしっかり握って
「お母さん、これ買って」と
お約束のアピールです。

 「誓くん、『今日は買わないよ』って、お約束したよね?」
 「でも買って~」
 「今日は何のご褒美だった?棚に返していらっしゃい。」
 「イヤだ!これ買って~」
 「買わないよ。返していらっしゃい!」
 「・・・これ買って・・・」

 金額にしたら、わずか200円ほどの買い物です。
これがバナナとかヨーグルトとかなら、
(まあ仕方がないか)と簡単にOKを出すのですが、
誓が握っているのは、私が一番買いたくない類の、
戦隊ヒーローのキャラクター商品です。

店内での押し問答は体裁も悪いし、
「買わない」理由は、単に
「私がそういった商品を好きでない」という一言に尽きます。

「アレルギーがあるから、絶対に与えられない」
「値段が高い」などの正当な理由があれば、
こちらも大いばりで「購入お断り」出来るのですが、
個人的な好き嫌いだけを理由に
子どもの「買って!」攻撃に対抗するのは、
こちらもすごいエネルギーがいります。

 (たかが200円じゃないか。
意地を張らずに買ってやれば良いのに。
だいたい、「キャラ物は買わない」なんて、
親の私が勝手に決めたルールであって、
購入することが悪いわけじゃない。
酒やたばこと違って、
絶対的に子どもに与えてはいけない物でもないし・・・)

と、誘惑が次々に頭をかすめます。
そうです。買ってやった方が、親の方も断然楽なのです。

 気づいたら、レジを通過している私の後ろで、
誓は商品を握りしめ、目に涙を浮かべ、
唇を震わせながらじっとこちらを見ています。
どう見ても、こちらが鬼親です。

 (ほら!買ってやりなよ!安いもんだよ。
子どもに我慢させるより、その方が楽だよ!)

と、こちらが葛藤に負けそうになった時、
ふと誓が「これ返してくる」と、
くるりと後ろを向き、棚に向かって走って行ったのです。

戻ってきた誓を抱きしめて、
「偉かったね!誓くん偉かったね~!」と、褒めちぎっていると、
それまで知らないフリだったレジのおばちゃん達も、
一斉に「おお!ぼく、偉いね~!」と
拍手をしてくれるではありませんか。
(なんだ。見ていたのね~)。
何だかものすごい感動の名場面のような空気が、
レジの周辺に広がりました。

 そして、家に帰り着き、家族にひとしきり
「今日は誓くん偉かったんだよ!欲しいのに、我慢できたんだよ!」
とお店での様子を話して褒めちぎった後です。
誓がぽつりと一言。

「ぼく、我慢できて偉かったから、今度ご褒美買ってちょうだいね」。

清風 2010年4月

テーマ:清風 【住職】
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<美(ちゅ)ら海に 大和人(やまとんちゅう)が 
軍用の空港造るは 手込めの如し
(朝日歌壇より)>
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子や孫にいくさの禍根残すまじ
基地のない日本 21世紀を開かん
(九条の会老人勝手連)
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 沖縄県にある米軍の普天間飛行場等の基地の移設問題は、
米国という外国のと関係がある問題でもあり、
なかなか決着が難しい様相を呈しています。

これは、戦後60年、政権党を初めとして、
いわゆる外交ということに関しては米国任せということで、
外交交渉を主体的に取り組むという学びを欠落してきた「つけ」から、
政権は変わったといっても、未だ民主党の政治家と国民も
解き放たれていないからだと思われます。
最近の「密約」問題の報道にもあったように、
米国と日本にはいわゆる国と国との外交という
対等の立場での交渉は、
少なくとも戦後最初からなかったといってよいのかもしれません。

 政権が変わった今、
米国の基地は米国に造るべきであり、すぐが無理なら、
例えば5年後には…という「交渉」をまず申し入れるべきだと思います。
東西の対立の象徴であったベルリンの壁が崩壊した後も、
我が国は自分の頭でこの国の未来を
考えるということは放棄してきたのです。
米国の軍事力(ことに核の傘)の下で、
日本は安全であると思い込まされてきた、これも「つけ」でしょうか。

 しかし基地のあることや軍隊がいかに危険かは、
あの2001年のニューヨークの世界貿易センター事件の後、
国民も全国の学校も沖縄への修学旅行や米国への旅行等を
自主規制したことではっきりしたはずです。
沖縄の人は、日露戦争の時、
沖縄には基地がなかったので攻撃されなかったと
言い伝えていると聞いたことがあります。

 もうそろそろ、冷戦時代までの(軍隊が国民を守るという)呪縛から
解放されて、戦後の初心、もっとも過激な理想主義
(実は語の本来の意味において現実主義)の
憲法の「前文」および「第9条」の精神から
出直すチャンスが「今」という時ではないでしょうか。

 「死を賭して 戦うはありき 
死を賭して 戦いを罷めよと 言ふはあらざりき」

「戦時追想」熊谷太三郎

『正信偈』のはなし 2010年4月

テーマ:『正信偈』のはなし 【住職】
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 善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪 光明名号顕因縁

「善導独(ひと)り、仏の正意を明かせり。
定散(じょうさん)と逆悪を矜哀(こうあい)して、
光明名号、因縁を顕す。」
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 善導ひとり仏の正意を明らかにされた、
これこそが、親鸞聖人が善導大師を崇められる
最大の理由なのでしょう。
仏教史2500年の歴史は、
結局「釈尊のお悟りの内容は何か」ということにあるのですから。
今でも「私は釈尊の生まれ変わりである。」などという
教祖がいる様ですが、
これは実に釈尊その人の教えに背く行為です。
何故なら、釈尊の遺教は、
「あなたはあなたに成ればよい、あなたはあなたであればよい。」
であったのですから。
もし釈尊の生まれ変わりなら、その人(教祖とやら)は、
自己を生きたことにはならないことになってしまいます。

 では、釈尊のお悟りの内容は
いったいどんなことだったのでしょうか。
これも、釈尊の遺教に明らかなのですが、

「1.法によって、他によるな。2.自己によって、他によるな。」

と伝えられています。

 1. 法  …  永遠に変わらないハタラキのこと。
          「諸行無常」の教えです。
          (水は低きに流れ、
          炎は高きに昇る…という事柄の道理を指す。)

 2.自己 … 自我と区別して、         
         自分を自我と自己に分けて考えます。
         自我(エゴ)を自分としてしまいますが、
         仏教は法をこそ自己と発見することです。
         法に教えられて 明らかとなった、
「自我を自己と思っている」
         その事実を善導大師は次のように告白されています。
         「自身は、現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫より已来、
         常に没し常に流転して、出離の縁あることなし」
                              (訳は次号に)

 自分、自分と言っているけれども、
何を自分としているか、それを知る。
これが仏教であるというわけです。
仏教は言うまでもなく、仏陀(ブッダ)の教えという意味です。
この仏教という2字はいずれも漢字からできていますが、
「仏」はインド語(ブッダ・仏陀)と「教」という漢字からの合成語です。
ブッダは、日本語に訳せば「目覚めた人」という意味です。
仏教はどこまでも「目覚め」を契機とする教えです。
その目覚めの内容を善導大師は上のように告白されたのです。
ブッダの教えによって目覚め、私もまたブッダと成ろうと、
人生を貫く課題が明らかになることが、
彼岸法要など寺の仏事、
各家で勤められる法事等の仏事を勤める意味です。


お庫裡から 2010年4月

テーマ:お庫裡から 【坊守】
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 その日の風呂は、
下2人を出すのと入れ違いに開くんが入ってきました。
(毎日は、3人が大はしゃぎ、
各々が大きくなって、湯船は芋洗い状態なのです。)

久しぶりにゆっくり開くんを見たら、
すっくと立った姿が思いがけず大きくて、ついつい

「開くんは大きくなったねー。
生まれたときはルル(飼い猫)の方が大きかったのに、
もう2年生になるんだねー。
これからは、どんどん開くんにしか出来ぬ仕事や役割、
道を開いていくんだねー。」

と一人言。それを耳聡く聞きつけ、

「僕にしかやれぬ仕事ってなんだろう、おばあちゃん。」

と聞いてきます。

「そうねー。それを見つける為に、今、学校に行っているんだよ。
まず、字が読めること、書けること。数の並び、計算が出来ること。
社会の仕組み、植物のこと、宇宙のこと。
いろいろな基本的なことを知っていく。

そんな中から、興味を持ったこと、やりたいこと、やれることが、
段々に見つかってくるのだと思うよ。

おばあちゃんが旅行したインドやパキスタン、
カンボジアやミャンマーではね、開くんと同じ年でも、
学校に行けない子どもたちがいっぱいいてね。
水汲み仕事をしたり、畑を手伝ったりしていたよ。

あの子どもたちも、本当は学校へ行きたいのに、
家の事情や国の事情で、それが出来ないの。
日本はどの子も小学校中学校へ行ける。

もし行きたくなければ、ミャンマーの子と交代して水汲みをし、
その子に学校に行ってもらうとしたら、
ミャンマーの子は大喜びだと思うよ。

でも、誰も自分を他の人と替えることは出来ないね。
今、開くんが学校へ行けて、
そのことを嬉しいなと感じてくれていれば、
学校へ行きたくても行けない多くの子どもたちから
「僕達の分も学校で勉強してね」
と応援してもらっているということだと思うよ。

開くん、ぼくの道は案外足元にあるんだよ。」

プロフィール

守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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