清風 2010年12月

テーマ:清風 【住職】

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<希望とは、生きて大人になることと答えぬ、地雷の埋もる地の子は。
(朝日歌壇より)>

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自他ともにあらゆる人々が、
迷いの苦しみに満ちた生活から解放されることことが、
全ての仏の究極の願いである。
(『歎異抄』12章の文意)

(われもひとも、生死をはなれんことこそ諸仏の御本意にておわします
『歎異抄』12章原文)

註)生死をはなれる … 流転の生活に気づけという仏の促し。

 今から30年ほど前、この寺に入寺した頃のことである。
「わしはな、中学へ行きたかったんや。
ところが、親父さんが高等小学校で我慢してくれ、うちは貧乏百しょうで、
とてもこれから5年間も学校へはやってやれん言うてな。
丁稚奉公に行った…」と、
当時60歳くらいの方が寺への用事で来られた時に親を恨むのでもなく、
自分の来し方を、田畑をもう少し広くしたいと頑張ったこと、
戦争でのこと、終戦後のことも、全部包んで淡々と、
もう戦争はしてはいかんと、しみじみ話してもらったことを思い出す。

 現在、我が国の大学生の数は288万人だそうである。
若者の半分が大学へ行ける国が世界にいくつあるであろう。
そして今述べた、中学へ行きたかったが、
それがかなわなかったのは、そんなに前の話ではない。

「格差論」がおおはやりであるが、
親はどういう気持ちで我が子を大学へ送り出しているのだろう。
 そして、我々老人である。
75歳を迎えても何の感動も無いようだ。
とにかく丈夫で長生きと、健康論がおおはやりである。
一体、自分はどうなればいいのか。どうなりたいのか。
健康で長生きして、それで何をしたいのか。
健康で長生きは手段であるはず。目的は…。
進学率・平均寿命、世界のトップ。「思い」は適ったのである。
 可哀相な若者論と可哀相な老人論だけでは、
あまりにも、この国の文化度が貧し過ぎる、
と言っては言い過ぎであろうか。

『正信偈』のはなし 2010年12月

テーマ:『正信偈』のはなし 【住職】

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源信広開一代教 偏帰安養勧一切
専雑執心判浅深 報化二土正弁立
極重悪人唯称仏 我亦在彼摂取中
煩悩障眼雖不見 大悲無倦常照我

 「源信、広く一代の教を開きて、
ひとえに安養に帰して、一切を勧む。
専雑の執心、浅深を判じて、報化二土、正しく弁立せり。
極重の悪人は、ただ仏を称すべし。
我また、かの摂取の中にあれども、
煩悩、眼を障(さ)えて見たてまつらずといえども、
大悲倦(ものう)きことなく、常に我を照らしたもう、といえり。」

 先回から、源信僧都のところに入っています。
源信僧都は、釈尊の一代の教えを、
安養(浄土)への往生を勧められたと決着されたのです。

 一面のことで言えば、大学へ行ければ大学へいくことには
何の感動も無い当たり前のこと。
75歳まで生きても、平均寿命が80歳と言われれば、
それも当たり前で何の感動も無いという、
そういうところを(浄土に対して)穢土と源信僧都はおっしゃるのです。
つまり、なってみれば当たり前、それが我々の根性なのです。
「病気になって知る、健康のありがたさ」というわけです。

しかし、健康であれば健康は当たり前のことです。
前に紹介した「這えば立て 立てば歩めの 親心」といわれてもいるように。
「それのどこが悪いのか、もっと前向きに生きよ」と、
どこかから声が掛かりそうです。「それは逃避ではないか」と。
なぜ「安養浄土」が建てられたのか。
この穢土(現実)を相対化するためだったのです。
相対化できること、
例えば、今の国会での討議はまさにそれの代表と言えるでしょう。
どの党も「国民は」と国民を人質にして討議がされています。
「地獄への道は善意で敷き詰められている」ということが、
本当に今、見つめられていい時だと思います。
我々一人ひとりが、自分の人生全体を見つめて、
その全体が私だと担う、
そういう主体の誕生こそが、今求められている様に思います。
進学率の高さも平均寿命が延びてきたのも、
全部我々が望んできたことではなかったのか…
望みどおりになった結果、困っている、それが現実なのだと。
 一つ、覚めた目で見てみましょう。
世間体ではなく、私の人生を生きていきたい、
それが人間の深い願いのはずなのですから。
次回は、「安養浄土」について、もう少し考えることにします。

お庫裡から 2010年12月

テーマ:お庫裡から 【坊守】
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来年の新しい手帳を買いました。
早速、もうすでに決まっている予定を書きこんでいて、
ふっと考え込んでしまいました。
果してこの予定が、予定どおり私が成し遂げられるだろうか、と。
「一寸先は闇」とか「人生、何が起こるかわからない。
まさかという坂がある」とは聞いていても、
心のどこかに
「私に限って、そんな事はあり得ない」とか「あるはずがない」
と高を括っている私がいるのです。
しかし今年、
みのりコーラスが、ご本山のコンサートに出演する直前の1ヶ月間に、
メンバーの身に次から次へと人生の一大事が飛来し、
どうなる事かとハラハラの連続でありました。
そんな中で、出演辞退に陥ることなく、
返ってご本山で歌いたいという願いが大きくなって、
全員で舞台に立てた事が奇跡のように思えます。
(勿論、指導してくださった平田先生のお力も大きかったのです。)
この事でも教えられました。
一つの事が成っていく為には、前からの力だけでなく、
どんなに背景からの後押し、協力援護が大きいことか、と。
老いるという事は
何事も自分の力でないという事を教わっていく事なのだと知らされます。
いっぱい予定を書き込んできた今年の手帳、
これだけの事をよくやらせて頂きました。
ありがとうございました、と書き込んだ予定、
その背後に思いを馳せ、深々と頭が下がりました。

今月の掲示板 2010年12月

テーマ:今月の掲示板

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●正体露顕  浅田正作
   年とって
   面倒なもんになったというが
   面倒なもんが
   年とったがやわい


●道連れ  浅田正作
   私と妻は
   三悪道という名の道連れ
   幸せという
   世間の言葉に迷わずに
   三悪道に掌を合わせてゆこう


●一切皆苦  浅田正作
   この苦の娑婆を
   楽の娑婆にしようと
   もがきつづけた愚かさ
   そして、今も
   苦の娑婆という仰せを忘れてもがく


●心のために使われて
 安き時、あることなし(大経)


●世人、薄俗にして
 共に不急のことを諍(あらそ)う (大経)

 
●宝の山に入りて
 手を空しくして帰ることなかれ
  (この世は人生の宝庫である。人生を空しく過ごしてはならぬ)


●身、自らこれを当(う)くるに
 だれも、代わる者なし    (大経)


●我、今、帰る所なく
 孤独にして、同伴なし(地獄ということ) -往生要集-


●人、世間の愛欲の中に有りて
 独り生じ、独り死し
 独り去りて、独り来る(孤独に生きている)


●一人おれば淋しい
 二人おればやかましい
 しかし
 一人おれば寂(しず)か
 二人おれば賑やか
 という世界がある

本堂に座って 2010年12月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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 法事を勤める際に読んでいる文章の中に、
ことばについて書かれたものがあります。
そこには「ことばはいきものです。
ふと耳の底にふれたひとことによって、
人生のくらやみからすくわれることもあれば、
なんでもないことばのゆき違いが、
そのひとを傷つけることもあります。」
と書かれています。
ふだん何気なく発していることば、
状況などをいろいろ考えた上で発することば…など、
私たちは様々なことばを発し、
またことばに触れながら生活しています。
そのことば一つひとつには、
自分にとって、相手にとって
大事な意味が込められているはずなのですが、
時にはそう感じられない、
表面的なことばになってしまっていることもある様に感じます。
そんな「ことば」について医師である徳永進さんという方が、
とても興味のあることを話してくださっています。


 例えば
「弱音を吐いちゃダメじゃない。頑張りましょう」
という言葉がありますよね。
マニュアルでは末期の患者に
そういう安易な励ましはダメだと言われています。
でも、そういう言葉を言った医者の誠意とか
真剣な姿が患者さんに見えているならば、
それは言葉として生きていくものだと思うんですよね。
そしてそれが本当の言葉でしょう。

 本当の言葉は、その背景の心深さがあれば
どんな言葉でもOKなのに、
今の私たちはどちらが正しいか決めようとしている。
本当はその両方で臨床は成り立っている。
私たちはどちらかにしか真実がないように思っているのですが、
そんなことはない。
医療はこうだと決めつけなければ、
思いがけない時に道ができる、そういうことなんだと思うんです。

      (中略)

 私自身も「わからない」ってなかなか言いにくかったんですよ。
聞かれれば答えなければならない。
「どれが正しい治療法なのか、今病の進行はどうなっているのか、
余命はどうか、治る方法はあるのか」。
正しい答えをいつでも出さねばならない。
すべてに答えがあるという社会に生きてきて、
「わからない」という言葉はなかなか言いにくい。
でも「わからない」ということがどれだけ大切な言葉なのか。
わからないっていう言葉が、
「わかってる」「わかってない」という小さな言葉ではなくて、
わからないっていう宇宙のような広がりをもった言葉。
愛情と想像力と希望を持って
わからないって言えたらいいなあと思いますね。
(『同朋新聞』東本願寺発行 2010年11月号より抜粋して掲載しました)


 ことば一つを取り上げて
「正しい・間違い」ということばかり指摘されてしまう…
そのことばに込められた
「本当の意味」に目を向けることができなければ、
本当に伝えたいことが伝わらなくなってしまいます。
「わからない」ということばも、
深く考えたところから発せられたものであれば、
いい加減ということではなく、
本心がきちんと相手に伝わるのでしょう。
ことばに込められた深い意味を、
発する側・受け取る側ともに大切にしたいものです。

今日も快晴!? 2010年12月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】

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 今年の9月に、守綱寺絵本読み聞かせ会は、
開始から丸5周年を迎えました。
何もない、全くゼロの状態から会を立ち上げ、
何とか5年間続けて来られたのは、
会を支えて下さっているスタッフの皆さん、
足を運んで下さる皆さん、
そして一緒に会を運営してくれている主人や、
家族の支えがあってこそだと、
本当にありがたく思っています。

 会の初回は、9月のまだ暑い日でした。
ちらしを配ったり、ポスターを貼ったり、
手遊びのお手伝いの方をお願いしたりとあれこれ準備はしたものの、
本当に誰かに足を運んでもらえるのか、
ずっと不安な日々を過ごしていました。
けれど、最終的には、
(自分の子ども二人に向けてやるつもりでいればいいや・・・)
と開き直り、当日の朝を迎えました。
初回には、10名ほどの方に足を運んでもらえて、
本当にホッとしたことを覚えています。

 その後、毎回素敵なピアノを披露して下さる
リトミックの石川さんや、
産休などを経ながら毎回趣向を凝らした
ペープサートを披露してくれていた小川さん、
元保育士さんの資格を活かして
手遊びなど披露してくれる橋本さんや斉藤さん、中垣さん。
わらべ歌で参加して下さる小学校時代の恩師の酒向先生。
その他、多くの方が会の運営に関わってくれました。

この中の何人かは、自分も未就園の小さな子どもを抱えながら、
時には観客として、時には演者として会に関わってくれています。
他の読み聞かせ会との違いとして、このスタッフの若さ
(自分もその「若者」の中に入っていると勘違いしていますが・・・笑)
があるかなぁ?と、ちょっと自負しています。
(ああ、みんな一緒なんだ)という安心感が、
お母さん達の何よりの居場所になると思えます。

 今回、5周年を記念して、
子ども達を主役にした劇「ぐりとぐら」に挑戦します。

会を始めたとき2歳だった長男の開は、
小さいときから絵本が大好きで、
図書館に行って15冊目一杯絵本を借り込むと、
家に着いてからそれを全部読むまで離してもらえず、
毎回喉ががらがらになるまでひたすら絵本を読まされました。
(一人の子どもにこれだけ毎日絵本を読むのだったら、
他に何人か集めて絵本を読むのもそう変わらないわ~)
という気持ちが、読み聞かせ会をはじめるきっかけの一つでした。

お気に入りの絵本を会で読もうとすると、「これは僕の本だからダメ!」
と持って逃げ出したこともありましたが、
そんな開も小学校2年生になり劇ではナレーターに挑戦します。

 生後半年でわけも分からず
読み聞かせ会に放り出された次男の誓は、
大勢の中でもまれる経験が豊富なためか、
声も大きいし自己主張も激しいです。

紙芝居を読む真ん前でお友だちと喧嘩を始めたりと、
数々のネタを残して年長さんになりました。
本番では、上手に「森の動物たち」として演技が出来るでしょうか。
読み聞かせ会の一番の願いは、
若い人たちにもっと気軽にお寺に足を運んでもらいたい。
仏さまの教えに触れてもらいたいという事でした。

そして、せっかく足を運んでもらったのだから、
お寺から何か持ち帰ってもらいたいと発行を始めた「守綱寺カレンダー」も、
幸い1号も欠かさず、無事62号を迎えることが出来ました。
たかが5周年。
されど5周年。また新しいスタートです。

プロフィール

守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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