清風 2012年3月

テーマ:清風 【住職】
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宗教は救いを説くものというのが常識でしょう。
しかし、上に述べられているような救済のあり方について、
吟味されて宗教について語られているでしょうか。
人間の苦悩、受験、老化、結婚、商売、病気…。
もうこれは人の数ほどあると言わねばなりません。
先月の『清風』の掲示板で、
「ありがとうの反対語は、当たり前。
何でも当たり前としか受け取れない。それが、人間知の闇だ。」
という言葉を紹介しました。
例えば受験。
受験は自分で成績を評価するのではなく、他人が評価するのですから、
成績のいい者から合格者を選ぶことになります。
成績の悪かった者は、当然、合格できません。
合格すれば結構ですが、
不合格になれば世間体が悪いということになります。
では、受験は合格すれば、それで一件落着となるのでしょうか。
これで受かったのなら、もう1ランク上の難しい学校を受ければ良かった、
ということになりがちです。
しかし、よくよく考えれば、
受験できるような身体
(特に、丈夫な身体)を与えられていたから受験できたということは、
当たり前として見向きもされません。
大学へ入学してしまえば、この合格は当たり前ということになり、
入学したことについては、もう何の感動もなくなってしまいます。
すべては当たり前で、日常性の中に埋もれていってしまいます。
そうなれば、今あることは、
せいぜい未来へのステップという意味しか持ちません。
すべてが途中ということです。
合格、不合格は受験にはつきものです。
しかし昨年の東日本大震災では、
受験生の中には被災して亡くなったりして、
受験すらできなかった人もいました。
そうしてみると受験できたことは、
受験できなかった受験生から見れば奇跡のようなことに違いありません。
思いに適えばすべてが当たり前。
苦悩の人間から解放されない理由はここにあります。
神も仏もないものか、と嘆いている時こそが、実は、
私の本当の人生が始まるスタート地点なのです。

『正信偈』のはなし 2012年3月

テーマ:『正信偈』のはなし 【住職】

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本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人 
真宗教証興片州 選択本願弘悪世
還来生死輪転家 決以疑情為所止 
速入寂静無為楽 必以信心為能入
「本師・源空は、仏教に明らかにして、善悪の凡夫人を憐愍せしむ。
真宗の教証、片州に興す。選択本願、悪世に弘む。
生死輪転の家に還来(かえ)ることは、決するに疑情をもって所止とす。
速やかに寂静無為の楽(みやこ)に入ることは、
必ず信心をもって能入す、といえり。」

先回、法然上人が自己の立脚地について
決定された善導大師の言葉について紹介しました。
この文言に感動した法然上人は、
何故「仏法の怨敵」「近代法滅の主」というレッテルを
貼られなければならなかったのでしょうか。
その文言は、「一心に弥陀の名号を専念して…」というものでした。
当時、仏教界では、どの宗派でも
念仏(弥陀の名号)は称えられていました。
しかしそれは、専修念仏―専(もっぱ)ら念仏を修する―ではなく、
念仏も一つの修行のあり方、方法であるという位置づけでした。
それも、他の厳しい修行に耐えられぬ者のために、
―毎日100円ずつでも、10年経てば365,000円貯められるように―
念仏も続ければ、やがて功徳によって救われるという受け止めでした。
こうした考えは、今でも根強くあります。
念仏くらいで何故救われるのか、
念仏は力の無い者にとっての慰めであって、
努力できない者のための方便の教えだという了解です。
上に挙げた貯金のようなものだということでしょう。
しかし法然上人は、専修念仏を提唱されたのです。
専修の専は「もっぱら」ですから、念仏以外は仏教の行ではない、
仏教の行(真実の行)は「念仏一つ」という宣言であったのです。
法然上人は、「念仏も」派からの論難に対し
「阿弥陀如来は「余行をもって往生(救い)の本願としたまわず。
ただ念仏をもって往生の本願としたまへる」という文章の中で、
二義を立てて答えておられます。
一つは勝劣の義、二つには難易の義です。
遠く釈尊が苦行を捨てて山を下り、
瞑想に入られた故事の意味を思い起こすべきでありましょう。
悟りを開かれてからは、釈尊は苦行をされず、
専ら言葉による伝道(説法)に生涯を尽くされました。
伝道に生きられた釈尊の姿勢が、
法然上人のただ念仏―専ら南無阿弥陀仏を称える―という
決断にうかがわれる様に思います。
次回、称名念仏と他の余行を勝劣の義と難易の義を立てて
弁証されたことを紹介します。

お庫裡から 2012年3月

テーマ:お庫裡から 【坊守】
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この時季、近年、苦になっていることがあります。
それは、3月に入ろうとしているのに、境内の南天が、
未だ赤々と実をつけていることです。
当、守綱寺は、紅葉が散った後を、
数えきれない程の南天が赤々と実をつけて、
冬の境内に彩りを添えてくれています。
また、雪が降ると赤い色が一層冴えて風情があります。
(雪の多い地方の皆さん、ごめんなさい)
しかし通常は、2月の声を聞いた途端、
境内は鳥たちがやかましく鳴き立て、
あっという間にあのたくさんの南天の実を食べ尽くしてしまうのです。
それが、ここ2、3年いつまでも実が残っているという現象が続いています。
人間の気づいていないどこかで鳥インフルエンザが蔓延して、
鳥の数が減ってしまったのか?
参道脇の山が無くなり、住み家を奪われ移住してしまったのか?
入寺当時は、深い山寺という感じで、
千両も万両も薮柑子も赤い実をつけていたのに、
この30年余の年月で、境内の木を切ったり、枝を払ったりしているうちに、
千両も万両も薮柑子も株を弱らせ、薮柑子はすっかり絶えてしまいました。
多くの生きものに支えられ、
また、多くの生きものと共存したいと願いながら、
人間が住むということは、自然形態をも変えてしまうことなのですね。
存在そのものの罪、そんな事を考えさせられます。
鳥は全く来ないという訳ではなく、
ピーピーと鳴く声を聞くと、少しホッとします。
この寺は、鳥たちも憩う場所であって欲しいと念じているのです。

今月の掲示板 2012年3月

テーマ:今月の掲示板

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  折れてみて 初めて見えた鬼の角
  折れた思いが また角になり

  人間の根本問題は、自分を失っているということです。
  そこから自分に帰る、これ以外にありません。

  劣等感のないときは優越感、
  優越感のないときは劣等感
  上へ行っても下へ行っても、自分を失っているのです。

  私たちが今陥っている闇の正体
   1.効率至上主義
   2.何についても正解があるという信仰
   3.全てを量ではかる
  生きものは、みな違う。正解なんてない。
  それが生きていること。

  機械は、早くて正確が求められている。
  人間は生きもの、機械ではありません。

  成仏、仏に成る。
  これは、本当の自分に帰るということです。

  南無阿弥陀仏というのは、
  本当の自分から「自分に帰れ」と
  私たちに呼びかけていることばです。

本堂に座って 2012年3月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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毎年、年末から年明けに掛けて
「お取り越し」のお参りにうかがうのですが、
その際のお話として、今年は
『真宗の生活』という冊子の文章を読ませていただきました。
その中から、繰り返し読んだ文章を紹介します。

『大無量寿経』というお経に、
「世において無上尊となるべし」という言葉が説かれます。
「無上尊」とは「この上なく尊い」ということです。
人と生まれる、そのいのちとは、
「この上なく尊い」「無上尊」と見出されるべきいのちである、ということです。
ある大人が、言葉がようやくしっかり話すことができるようになった子どもに尋ねました。
「あなたはお父さんとお母さんと、どっちのほうが大好きなの」。
お父さんとお母さんと比べてどちらのほうが大好きか、という質問です。
子どもは答えました。
「お父さん大好き。お母さん大好き」。問いとは異質の答えです。
「お父さんはお父さんであることにおいて比べることを超えて大好き。
お母さんはお母さんであることにおいて比べることを超えて大好き」
とこう答えているのです。
誰もが知っている「チューリップ」という童謡に、
「どの花見てもきれいだな」という一節があります。
私たちは、比べて優劣をつける世界しか見えなくなっていますから、
例えば「赤はとってもきれいだ」と言うと、
次には「白はまあまあきれいだ」と言い、
そして「黄色はたいしたことない」と言う、そういう世界に生きています。
しかし、この歌は「どの花見てもきれいだな」と歌っています。
仏さまといわれる、いのちの本当の姿に目覚めた人は、
世界の見え方が私たちとは違うのです。
そういうことで改めて「無上尊」という言葉を尋ねますと、
「この上なく尊い」とは、比べて尊いということではないのです。
「この上なく尊い」とは、比べることを超えて尊いということなのです。
代理がきかない、かけがえのない、
そして遇いがたい、「私」として生まれてきたいのち。
「世において無上尊となるべし」とは、
「あなたはあなたであることにおいて尊い」
という世界を語られた言葉なのでしょう。
大無量寿経では、百人の人がいると百人が、
無上尊のいのちだと見出しているのでありましょう。

自分の思いを通すことによって、
実は自分を超えた真実のはたらきを覆い隠してしまうのです。
それが闇です。闇とは、門構えに音と書きます。
音とは、言葉です。言葉が通じ合わない、行き違いです。
すれ違い、流転するのです。
家族の関係だけでなしに、ご近所同士、職場での上司と部下など、
せっかく間柄がありながら、愛憎違順するのです。
我が心に順うことであればこれを貪り愛し、心に違うことであれば、
これを瞋り憎んでしまうのです。
相手の顔を見て「私が悪かった」がなかなか言えないのです。
「私も悪かった」とは時には言えます。
それは「私も」と言うなかに、
「あなたも悪い」という思いが腹のなかにあるからです。
(『真宗の生活』2012年版 東本願寺出版部発行より抜粋して掲載しました)

私たちには、優劣を計る心や、
自分を中心に物事を見る目が常に存在しています。
しかし、自分ではなかなか気付くことができません。
知らず知らずのうちに他人と自分を比べてしまったり、
自分の思い通りにしたいと考えてしまっていることを、
こうしたお話を通して気付いていただけるといいな、
と思いながら読ませていただいています。 

今日も快晴!?2012年3月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】
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2月の渡辺家を襲った悲劇。それはインフルエンザです。
2週目の半ばに開(3年生)が発熱して早退。
金曜日には、同じく誓(1年生)も発熱で早退。
引きこもりの1週間のスタートです。
インフルエンザは、まず最初に高熱が出ます。
39度近い熱が出ると、子どもたちの様子が目に見えて変わります。
まず開。日頃はしっかり者のお兄ちゃんを自認する彼も、
高熱には勝てない様子で「ヒェ~ン!」と情けない声を出して、
布団の中で泣いています。
普段は声も大きく態度も大きい次男の誓は、意外や意外。
布団にくるまってじーっと動かず、ひたすら沈黙。
そして、ぎゅっと目をつむったかと思うと無言でぽろりと涙をこぼすのです。
この様子が何ともいじらしく、
普段のふてぶてしさ&妹いじめの鬼のような誓くん像とは大違いです。
そして母。初めて子どもが高熱を出した時は、
心配で心配で居ても立ってもいられず、
(ああ、うちの子はこんなに苦しんで、死んじゃうんじゃないだろうか??)とおろおろし、
可哀想でこちらも涙が出て来るほどでしたが、
子育ても10年近くなると、
「何!?インフルエンザ!?頼むからお母さんには移さないでね。
寝てたら熱、下がるから。じゃあね。」
と子ども部屋の扉を閉めて、
「さっ。うがい手洗い。」と普通の日常が送れるようになりました。
今年のインフルエンザは、このあたりではA型が流行だったようで、
わりとすぐに熱が下がりました。
開も誓も、高熱が続いた1日半の間はほぼ絶食状態で、
ひたすら死んだように眠り続けていました。
そして、ちょっと熱が下がってくると、今度は「お母さん」攻撃です。
子ども部屋(またの名を隔離室)からしょっちゅう
「お母さ~ん!お母さ~ん!」と呼び出しが掛かり、
「あのね、おしっこ。ふらふらして歩けないからおんぶして~。」
「まだ起きられないから、ご飯食べさせて~。」と、
ここぞとばかりに甘えてきます。
1年生の誓はまだ軽いのでお姫様抱っこ。
その様子を見た旦那さんは、
「えっ!?誓くん抱っこしてもらっているの?
1年生のお兄ちゃんなのに??」と
信じられないような顔をするのですが、誓はにこにことご満悦です。
そして、最近のインフルエンザは、
解熱後3日経って医師から「治癒証明」をもらわねば登校することができず、
熱が下がってから本当の地獄が始まります。
子どもたちは、熱さえ下がってしまえばあとは退屈する一方で、
大人しく本など読んでいる間は良いのですが、
布団から起き出すと、ストレスのはけ口に壮絶な妹イジメが始まります。
在のもっている物を取り上げる、在が欲しがる物は
(たとえどんなに自分に必要のない物でも)絶対渡さない、
大きな声でどなる、手を出すetc・・・。
合い言葉が「在ちゃんに移すな」から「在ちゃん泣かすな」に変わり、
「頼むから、早く学校に行ってくれ・・・」
と思ったところでようやく1週間が終りました。
今回のオチは、ようやく二人とも学校に行った朝、
「さっ、除菌よ!ウィルス退散~!!」と
張り切ってシーツからパシャマから洗濯しまくり、
布団も干しまくった日のお昼に雪が降ったこと(涙)。
そして、「在ちゃんに移らなくて良かったねぇ」と言っていた日の夜。
布団ですやすや眠る在を見ていると、何か美味しい夢を見ているようで、
手を何度も口元に運んではもぐもぐもぐ・・・と口を動かし、
夢の中で幸せそうに何かを食べ続けていました。
この食欲がある限り、ウィルスも寄りつかないはずだわ・・・と、
妙に納得してしまいました。

プロフィール

守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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