清風 2012年6月

テーマ:清風 【住職】

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天国とは理想郷。
進歩という考えは、簡単に言えば、
この世に理想郷を作り出せるという考えが
基礎になっている人間の歩みとも言える。
18世紀から19・20世紀と、
科学が―殊に医学の分野における伝染病の克服などは
―人間に科学万能のような錯覚を生ぜしめた様に、
今でもその名残は、想定外という発言がくり返される、
原発事故などにも見えている。
想定外という発言の裏には、今は想定外でも、
やがて科学技術が進歩して想定内になる…というような
楽観的な姿勢が見え隠れしている。

例えば、原発は理想的な無限のエネルギーを供給することのできる、
まさに究極の動力源であるかの如く、
安全神話に眠らされて設置が進められてきた。
しかし、そこで完全に抜け落ちていた視点は、
「人間(私ども)はどれだけエネルギーを消費したら満足できるか」
という問いへの吟味である。
どれだけ消費したら満足できるであろう。
昨日まで贅沢だったことが、今日には当たり前というのが、
進歩の中身といえよう。

例えば、かつての三種の神器
(テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫)、自動車の保有などなど。
進歩が過疎化を作り出し、その過疎地に絶対安全と称して原発が作られる。
おそらく原発は、天国・理想郷の象徴といえよう。
やはり出発点はこの世に理想郷を作り出そうとしたのである。
原子力の平和利用と言われたように。
人間の知にへばりつく闇、
それがこの世に天国を作り出そうとするのであるが、
人間の知は、平和の名において戦争が行われてきたように、
地獄を作り出してしまう必然性を持っている。
「敵・味方共に」闇を抱えた人間であることが
確かめられねばならない時代だと言える。
末法という言葉もあったように思う。
今こそこの「末法」という言葉も吟味され、
確かめられねばならない時代といえよう。
広島・南京・重慶・アウシュビッツ・収容所群島・ベトナム戦争・フクシマ…。
全ては、天国を作る名において。
そしてその結果は…。

 

『正信偈』のはなし 2012年6月

テーマ:清風 【住職】

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本師源空明仏教 憐愍善悪凡夫人 
真宗教証興片州 選択本願弘悪世
還来生死輪転家 決以疑情為所止 
速入寂静無為楽 必以信心為能入
 
「本師・源空は、仏教に明らかにして、善悪の凡夫人を憐愍せしむ。
真宗の教証、片州に興す。選択本願、悪世に弘む。
生死輪転の家に還来(かえ)ることは、決するに疑情をもって所止とす。
速やかに寂静無為の楽(みやこ)に入ることは、
必ず信心をもって能入す、といえり。」

今月号は、正信偈の文からは逸れますが、
源空(法然上人)の徳を讃歎しておられるところですから、
法然上人が出家された縁について、
法然上人の絵伝(法然上人行状絵図)に書かれている
エピソードを紹介しておきたいと思います。
こうしたエピソードこそ、人間の罪業と深い祈り、
つまり宗教―この言葉も今ではすっかり手垢に塗れて、
本来の人間の尊厳を回復する願いの実現であったものが、
その本来性を回復できないままになってしまっている様ですが―
という語の持つ本来の意味での「人間の究極的関心事」あるいは
「人心の至奥より出づる至盛の要求」を
端的に表現しているといえると思うからです。

そのエピソードは、美作(現在の岡山県)の豪族であった法然上人の父と、
隣接する豪族(明石氏)との間で行き違いで争いが起こり、
法然上人の父は深い傷を受け、死に臨み、9歳の法然上人に
「敵・味方共に救われる道を明らかにして欲しい」という
遺言を残していかれたと伝えています。
これは、釈尊の言葉として伝えられている
「実にこの世においては、怨みに報いるに恨みを以てしたならば、
怨みの息(や)むことがない。
怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。」
(ダンマパダ 第5句 岩波文庫版)と符合している言葉といえるでしょう。
法然上人の人生の出発点といえる幼少の頃出会われた事件が、
実は人間が生きる上での根本の課題とすべき問題として
受け止めていかれたことを、この絵伝は伝えたかったのでしょう。

現代の日本の状況から言うなら、
競争社会からどうしたら解放されるのか、
という課題に答える質を持った問い、
それが「敵・味方共に救われる道」と言えると思います。
今の我が国でも、青・壮年の人が競争社会のもたらす
人間関係のストレスから、
精神に異常をきたす(挫折してしまう)例を聞きますが、
これも「進歩(豊かさ)」のみを唯一のモノサシとしてしまった
競争社会のコストなのでしょうか。

お庫裡から 2012年6月

テーマ:お庫裡から 【坊守】

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春は体調が悪い。声は出ない。頭は痛い。咳は出る。
「風邪ですね」薬が5日分。
まじめに飲んでいるのに、定まらぬ陽気が追い打ちをかける。
又5日分、又5日分。3度くり返したら口内炎ができた。
医者通いは止める。

その頃、歯の検診予約が入っていた。
「よく磨けていますねー。」歯の検診で私はいつも優等生。
「年齢と共に歯ぐきが下がってきています。差し歯との間にすき間が。
これを治療しましょうか」「イエ、苦になりません」と断り続けてきた。

しかし、つい先日、
「肩こりがひどく、医者や整体を渡り歩いたけれど良くならず、
歯かもしれないと歯科へ行ったら、
かぶせた歯の奥が大変なことになっていたの」
という話を聞いたばかり。
観念して治してもらう事に。
「渡辺さん、これはS64年に治していますから、すっかり元は取れてますよ。
今日は仮歯ですから取れないように気をつけてください」
「エー!取れるのですか」
世は黄金週間、その間に、この仮歯が取れてしまったらどうしよう、
と不安で落ち落ち食事も楽しめない。
家の中に篭って、そうそう本ばかり読んではいられない。

黄金週間の最終日に草取りをしたら、何かが左目に飛びこんだ。
目に入ったものが取れたのかどうなのか、
いつまでも目の中がゴロゴロすると苦にしていたら、目の中で何やら動く。
あれ、髪の毛か?気のせいかと目玉を動かすと、
その影もあちらへ行ったりこちらへ来たり。
「目の異常は、たまたまということが無い」と何かで読んだぞ。
これは大変とあわてて眼科へ飛び込んだ。どきどきの待合室。
やっと名前を呼ばれて先生の前へ。
「左目に髪の毛のようなものが動くのね。
うーん、白内障も無いし、どこも悪くないですよ」
「あのー、何が動いているのでしょう」
「ああ、それね。
まぁ加齢で、そうねー、3ヶ月もすれば、慣れて苦にならなくなりますよ」
私の身体は、しっかり老人にシフトしていることを知らされて、
春は終わりました。

今月の掲示板 2012年6月

テーマ:今月の掲示板

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<思いこみ>は、
クリエート(創造)する人間のいちばんの敵である。 田辺聖子

<持ちこたえる力>がなくてはならず、
それがオトナの健康というものである        田辺聖子
  
―自分に―
こころはいつも下座にあれ
ここはひろびろ
ここでならなにが流れてきても
そっとお受けできそう       榎本栄一

地獄へおちるたび
私のこころの眼が またすこしひらくようで
ほんに地獄は私のだいじなところ       榎本栄一

いのちが一つうまれたら
そこには、もう
空気があって
日の光があって
水があって           榎本栄一

これは大千世界の不可思議
この私のいのちが
無数のいのちが 
ここで生存していること

私の中に
煩悩の雲霧が涌いているかぎり
仏は、私をはなれたまわず    榎本栄一

行き詰まってうごけぬのでうごかずにいたら、
阿弥陀さまも、ここで私といっしょにうずくまってござった。 榎本栄一

本堂に座って 2012年6月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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先月、安冨歩さんの本から
「自立」について書かれている部分を紹介しましたが、
今月はその続きで「友だち」について書かれている部分を紹介します。

親からの自立を果たすためには、
なによりも親以外の人への依存を獲得せねばなりません。
それも、自分より上に立つ人に依存するのではなく、
自分と対等に付き合ってくれる人、
つまり「友だち」を作ることが、何よりも大切です。

【命題1-6】友だちとは、互いに人間として尊重しあう関係にある人のこと
お互いに人間として尊重しあう、というのは、
相手の考えていることや感じていることを、
正しく認識するように双方が心がける、ということです。
自分で相手について勝手な像を捏造して、それを押し付けるなら、
それは相手を侮辱していることになります。

【命題1-7】互いに人間として尊重しあう、とは、
お互いの真の姿を常に探求し、勝手な像を押し付けない、ということである
友だちだと思って付き合っている人が、
この意味での友だちかどうかを見分ける1つの手段は、
その人が自分を「友だち扱い」するかどうかです。
もしもその人から「友だちじゃないか」といわれたりしたら、
早速、絶交したほうが安全でしょう。
なぜなら「友だち」というレッテルを貼ってくること自体が、
その人が友だちでないことを意味しているからです。
その人は、何らかの意味で、あなたを利用しようとしているだけです。
「きみはこういう人だろ」というような決めつけも同じです。

【命題2】誰とでも仲良くしてはいけない
これが友だちづくりの大原則です。誰とでも仲良くしようとすれば、
友だちを作るのはほぼ絶望的です。なぜかというと、世の中には、
押し付けをしてくる人がたくさんいるからです。
誰とでも仲良くするということは、こういった押し付けをしてくる人とも、
ちゃんと付き合うことを意味します。
誰とでも仲良くしようとすると、
押し付けをしてくる人と付き合う頻度が高くなり、
あなたを尊重する人との付き合いは薄くなります。
そうすると、あなたを尊重する人は、
「この人は、あの嫌な感じの人と付き合いたいのであって、
私とは付き合う気はないんだな、じゃあ、どうぞお好きに」と思って、
黙ってあなたとの付き合いをやめてしまいます。
そうしていつの間にか、あなたの周囲には、
あなたに押し付けをする人しか残らなくなるのです。

【命題2-14】嫌われるのを恐れると、誰にも愛されない
破壊的構えの人(自分に都合の良い像を他人に押し付けあうことこそが、
人間関係の本質だ、と考えている人)に嫌われることが、
創造的構えの人(他人に対して像を押し付けるようなことはせず、
そういうことをされたら強い不快感を感じて、それを表明し、
受け入れられないならその場を去る、という人)に愛される条件です。
(中略)
破壊的構えを向けている人に気に入られる、ということは、
愛されるのではなく、執着される、ということです。
そのような人に執着されるとは、所有されるということです。
あなたの人格のうち、その人に都合の良い部分だけを切り取られて、
他の部分は捨てられるのです。
こういった構えの人には、嫌われるのが正しいのです。
(『生きる技法』安冨 歩 著 青灯社発行より抜粋して掲載しました)

私たちは、嫌われないように…と人と接することが多いと思いますが、
本当の友だちを作るためには、
私を尊重してくれない人からは嫌われたほうが良いと言われます。
私を尊重してくれる人に出会うには、私自身の姿勢が問われるのです。

今日も快晴!?2012年6月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】
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少し前になりますが、新聞で素敵な人を紹介した記事を読みました。
動物園のえさの栽培から配送まで手がける
「グローバルリーフ」と言う会社の社長、西脇さんという方です。  
この方は、京都府の酪農家に生まれ、
酪農用の乾燥飼料作りを始めましたが、
安い輸入品に押されて行き詰まり、動物園と出会い、
先例のないオーダーメードのえさを手がけ始めた・・・という方です。
京都市動物園のキリンは分厚くて柔らかいトウネズミモチが、
大阪の天王寺動物園では大きくて固いアラカシが、
広島の福山市立動物園では細長くて柔らかいシラカシが好み・・・と、
動物たちの好みを頭に入れ、動物の好みに合わせてえさを探し、
無いえさは独自に探す。
えさは無農薬で育て、鎌で丁寧に刈り取る。
「普通の農業とは全く逆。作り手ではなく、
動物の都合に合わせないといけないんです。・・・先例のない仕事だから、
『なければ作る』という姿勢が大切だと思っています。・・・そのうち、
「西脇に言えば、何でもやってくれる」と言う話が広まったんです。」

こんな試みが動物園の信頼を得て、
現在の取引先は北海道の旭山動物園を始め24カ所。
年商は8千万円を超えるそうです。
新しい分野を開拓される方は、
こういった柔軟な思考の持ち主の方なんだな~と感心すると共に、
動物たちへの愛情や、仕事に対する熱意や丁寧な姿勢を感じました。

また、一番感動したのは、
記事の最後に掲載されていた西脇さんの次の言葉でした。
「次世代を担う若い社員も育ってきていますね」という記者の質問に、
「一番の関心事です。私たち夫婦は、
熱い気持ちだけで突っ走ってきたけど、
やることの多くは同じ作業の繰り返しで単調です。
そんな中でも、若い社員たちにはやりがいを見いだして欲しいし、
動物のえさを扱う以上、
自然への畏敬を払って仕事をして欲しいと思います。
何度も入社試験を受けに来る熱意に押され、
社員にした若い男性がいる。
その子が私にしか登れないシイの木に登り、
木に向かって『いたずらで切るんじゃないよ。
動物の命に替えさせてもらうんだよ』と語りかけ、
木から切る許しを得たと聞き、感動しました。」
この若い社員の方は、
西脇さんと同じ目線で自然や動物に接していらっしゃるんだろうな。
そういう方が、自分と同じ職業を選び、
自分と同じ姿勢で仕事に向き合っていると知って、
西脇さんはどんなに嬉しいことだろう・・・と、
記事を読みながら私も同じように感動してしまいました。

4人の子どもさんたち全員家業に携わり、
長男の方が後継者として現場で指揮をとっている・・・
と言う短い一文も、胸が熱くなりました。
新しい分野を開拓される方も、それを継続してゆこうとされる方も、
どちらも素敵だと思いました。
また、バナナやパン、ヨーグルトなどを食べて体調を崩していたゴリラに、
自然に近い牧草を、わざと見つかりにくいように隠して与えて
回復させていったエピソードでは、
「野生動物は本来、活動時間の大半をえさ探しに費やすが、
動物園ではいつも栄養満点の食べ物が与えられる。
飽食日本を反映するようなこの恵まれた環境が、
皮肉にも動物たちがストレスをためる一因になっているという。
野生のえさに近い牧草など、
いわば粗食は食物繊維が豊富で整腸にいい。」
とあり、(やっぱり!人間も一緒だよね~)と、思えました。

プロフィール

守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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