清風 2012年5月

テーマ:清風 【住職】

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私は、私の人生のすべてを「私の思い通りにしたい」という、
ただそれだけで、本当にただそれだけで生きている。
しかし、その物差し ―「私の思い」という物差し― が正しいかどうかを疑ったことがない。
何故なら、思いを量るもう一つの物差しという発想をしたことがないのだから。
そのことを仏教では無明と教えている。
(しんらん塾ノートより)

 註)無明…
自己に一番近い自分について知らないことをいう。根本的無知のこと。
我々の知には、自分については分からないという死角があるということ。
ちょうど、目が鏡を通してしか自分を見ることができない様に、
自分のこころの有り様について知るにも、やはり鏡がいる。
経典(教え)は、どこまでも自分を知る鏡である。


私どもは幸せを求めて生きている。
そしてその幸せとは、自分の思い通りになること、
自分の都合の良いように成ることであろう。
ところで、思い通りになったとして、そのうれしさはどれくらい続くものだろう。
思い通りになったとしても、幸せは長くは続かないようだ。
当たり前になってしまうからである。
あの、位・人身を窮めた太閤秀吉ですら
 ―我々からすれば思い通りになった人生だと思うのだが― 辞世の歌では、
つゆと落ち つゆと消えにし わが身かな なにわのことも ゆめのまたゆめ
と詠んでいる。
では一体、我々はどうなったらいいのだろうか。
ようやく本当の問いに出くわした様だ。
さて、どうしたものだろうか。
「大欲は無欲に似たり。王様になっても救われなかった人。それが釈尊であった。
自分も助かり、すべての人が助かる。そういう世界を求めたい。」(林 暁宇)
 その世界を釈尊は、次のように言われている。
「最上の真理を見ないで百年生きるよりも、最上の真理を見て一日生きることの方がすぐれている」
それが南無阿弥陀仏の六字に表現されているのだが、
「無欲」な人ばかりの時代・現代も、やはりそれに気付く人は少ないようだ。

『正信偈』のはなし 2013年5月

テーマ:『正信偈』のはなし 【住職】

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還来生死輪転家 決以疑情為所止 
速入寂静無為楽 必以信心為能入
「生死輪転の家に還来(かえ)ることは、決するに疑情をもって所止とす。
速やかに寂静無為の楽(みやこ)に入ることは、必ず信心をもって能入す、といえり。」

「真実主体、本当の自己が分かった人」の誕生こそが、
ブッダ(目覚めた人)であったのです。
そこで、このこと(真実主体)を考えるために、
次のような問いを立ててみたいと思います。
近代以来「確立」されてきた「人間の尊重」「人間自身の神聖」
ということを否定する人はいないでしょう。
つまり「人間こそ究極の主体」であると。
しかし、その「人間自身」というのはいったい何なのでしょうか。
人であること、そして人として在ることそのことが、
私にとって本当に大切なことならば、
そこには何か、私の持ちもの如何によって左右されない
確かなものがなくてはならないでしょう。
自己内外の状況の変化に、
それ自体は微動もしない堅固な何かがあるはずです。
しかし、現代の我々はほとんど誰もそんなふうには考えません。
実際にあるのは、その時々の「状況」だけです。
「人間そのもの」とか「自己そのもの」とかいうのは、
ただの言葉に過ぎないと思っています。
我々の所有する一切 ―物質的なもの、精神的なもの、
我々の誇りとする一切の富― が、我々の手からすべり落ちてゆくとき、
一体誰が人として在ることを祝うでしょうか。
この人生を喜んで生きかつ死ぬことができるでしょうか。
本当のところ大切なのは「人間そのもの」「人として在ること」ではなく、
すでに獲得した、あるいはこれから獲得しうる諸々の富ではないでしょうか。
「人間そのもの」とか「自己そのもの」などというものは、その実どこにも存しない、
空無に過ぎないと考えているのではないでしょうか。
 まず、自己探しはこれだけの手続きを経て考えなければならない課題であるということのようです。
ここから初めて「真実主体」という課題の領域に入っていくことになるし、
法然・親鸞両師が人間の救済について「ただ念仏」と掲げていかれたのは、
「真実主体」について述べられたことだったのです。
(今回は『万人の事としての哲学』滝沢克巳著作集5(1973年法蔵館発行)を参考にしました。)

お庫裡から 2013年5月

テーマ:お庫裡から 【坊守】

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4月14日に行われた「花まつり チャリティ 筍コンサート」は、
例年にも増して本堂からあふれんばかりの皆さまにお出でいただき、
大盛況のうちに終えることができました。
メインにお呼びしたコラボックルの方が運び込んでくださった
28種類にもおよぶ打楽器の数々。
大人も子どももその楽しいリズム・音色の面白さにすっかり引き込まれ、
魅了された一時間でした。
当寺で行うコンサートは真ん中に「仏さまのお話」が組み込んであります。
短い時間ですが、この時間の隠れファンもいて、
「毎回、大事な事に気付く眼をいただける」と言ってくださると勇気100倍。
コンサート終了後のバザーには、守綱寺薮の朝掘り筍も売り場を飾り、
こちらも大盛況で、完売続出。本当に嬉しい一日でした。
コンサートに出演してくださった皆さま、コンサートに足を運んでくださった皆さま、加藤静江さんの名司会、楽器を運んでくださった方々、筍を掘ってくださった方、バザー品を作ってくださった方、呈茶のおはぎを朝4時に作り上げてくださった88歳のきぬさん、お茶のお手前を着物を着てやってくれた小学生の奏ちゃん・和音ちゃん、受付を担当していただいた方、呈茶の裏方をやってくださった方、出店してくださった方、花御堂を飾る花をくださった花桂さん。
本当に1つのことが成るには、どんなにたくさんの方々のお力をいただいているか、お一人おひとりにお礼が申しきれません。
下に会計報告を記載し、4月16日に皆さまからいただいたお心を添えて、
純益102,920円を東本願寺東日本大震災義援金窓口に納めさせていただきましたことを報告し、お礼とさせていただきます。
本当にありがとうございました。来年はコンサート10周年です。
10周年に向けて精進いたします。
(来年は4月13日、高橋誠さんをメインにお呼びしております)

収入 391,159円
(内訳 チケット200枚=200,000円、チャリティバザー=132,500円、花御堂お志=8,659円、住職より=50,000円)
支出 288,239円
(内訳 コンサート経費(調律代含む)=200,000円、バザー品材料代・ほか=88,239円)
純益 102,920円

今月の掲示板 2013年5月

テーマ:今月の掲示板

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浄土真宗のご信心場合、
自分の心を信用しないということが
非常に大事です。
人間は、自分の心を信用しすぎる。
それで引きずり回されている。  仲野良俊

都合のいいことが好き
都合の悪いことが嫌い
損が嫌い、得が好き
苦労が嫌い、楽が欲しい
その根性が助からない。
我々はそういう心を抱えているから苦しんでいる。
実は、その根性で業を作り、
苦しみを招いては、
こんなはずではなかったと、愚痴をこぼしている。 仲野良俊

本当のことがわからないと
本当でないものを本当とする。  安田理深

行きづまるのは
自我の思いだけである。     清沢満之

決める心が
決まらない心に苦しむ。
決める心が
決まったことに苦しむ。     仲野良俊

人間がいろいろのことにしばられ
引きずりまわされるのは、
自分の心を信用しすぎるからです。 仲野良俊

老いや病や痛みを
「私」の外部にあって
「私」を攻撃するものととらえず、
「私」の一部であり
つねに「私」とともに
生きるものと考える。       内田樹

本堂に座って 2013年5月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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先日、この欄で何度も文章を引用させていただいた
安冨歩さんのお話を聞かせていただく機会がありました。
安冨さんはお話の中で、「日本は「個人主義」ではなくて「立場主義」。
「個人」は「立場」の材料になっている。
その立場に立ったら「その立場の振る舞い」をしないといけなくなっている」というお話をされていました。
この「立場」について、安冨さんの著書より少し引用させていただきます。


「立場」は、「ポジション」や「スタンス」という意味とはちょっと異なる日本独特の概念で、それは、サラリーマン社会では珍しくないこんな言葉に象徴されています。
「私の立場も考えてくれよ」面子でもありません。
責任でもありません。
その組織のなかで、自分の自由意志とは関係なく、
与えられた「役」を忠実に果たせば守られるもの、
と言えばなんとなくイメージしやすいかもしれません。
日本社会は長く、この「立場」によって構成されてきた「立場社会」でした。
このような社会のなかでは「立場」こそが「実体」であり、
人間はその「素材」に過ぎません。
「立場」が人間よりも上にあるような社会なので、
「立場」を守るということが何よりも優先され、
「立場」を守るためには何をしても許されます。
その代表的な例が、福島第一原子力発電所の事故でした。
事故直後からテレビや新聞などには連日のように「専門家」が登場しましたが、その多くは、私たち国民の疑問や不安を払拭するようなことは言ってくれませんでした。
なぜ専門家を名乗る方たちがこんな体たらくになってしまったのかというと、すべては「立場」を守るためです。
たとえ本当のことでも、そのなかで生きている人たちにとって、
自分ともちつもたれつで生きている方たちの「立場」を危うくするような発言をしたら、自分の「立場」も危うくなります。
そこで、みんな「立場」を守るとしたら、当たり障りの無い発言でごまかすか、適当にウソをつくしかないのです。
原発事故だけではありません。
尖閣諸島問題、北朝鮮のミサイル問題、沖縄の米軍基地問題、
オスプレイの配備、そして消費税増税や社会保障…
偉いセンセイや専門家が、なにやら、ややこしいことをグチャグチャ言っているのを聞くと、多くの人は「やはり偉いセンセイだから、難しい話をしているな」と思ってしまいますが、それは大きな誤りです。
あれは、難しい話をしているのではなく、わざと難しくしているのです。
「わけのわからない理屈を使って、相手をケムにまき、自分の主張を正当化する」という
「東大話法」のテクニックのひとつであって、みなさんをダマくらかしているに過ぎないのです。

私はこれまで「立場主義」というものが
日本社会のあらゆるところに蔓延をしているということをお話してきました。
その中で最も問題なのは、このシステムが現在はまったく機能をしていないということです。
この「機能不全」は日本人ひとりひとりにも大きなかげを落としています。
大企業のサラリーマンたちに急増する「うつ」などの心の病や、
若者が会社に根付かないこと、そして何よりも福島第一原発事故という未曾有の人災を引き起こすことになるのです。
(『もう「東大話法」にはだまされない 「立場主義」エリートの欺瞞を見抜く』
安冨歩 著 講談社+α新書 2012年9月発行より引用させていただきました。)

終了後、安冨さんとお話させていただくなかで、
(以前引用させていただいた文章も含めて)「当たり前のことしか言ってないでしょ」と言われました。
そんな当たり前のことが、「立場」を通すと見えなくなってしまうのかもしれません。

今日も快晴!?2013年5月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】
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春休み中の3月25日(月)~31日(日)の7日間、
「福島の子どもたちに放射能の影響の無いところで
思いっきり遊んでもらいたい」という
「福島のみんな!遊びにおいでんプロジェクト」が、
おいでんプロジェクト実行委員と岡崎教務所の合同事業として行われました。
守綱寺でも、27日~30日の4日間、
福島県白河市からOさん(ママ、小6男子、年長女子)と
相馬市からHさん(ママ、年長男子、2才女子)という二家族の受け入れを行いました。
3.11の震災以降、(何か出来ることがあるのではないか?)
というもどかしい気持をずっと抱えていたので、
今回岡崎教務所の方から受け入れの打診があった時には、
(ああ、これで今までのもやもやから解放される!)と、大変嬉しく思いました。
受け入れを決めてから実際に来られる方をお迎えするまでに、
メールや電話などで何度かやりとりをさせてもらえたので、
滞在期間の過ごし方などが予めイメージ出来たことと、
子どもさん達の年齢が我が家の子どもたちと近かったこともあり、
本当に楽しみな気持で当日を迎えることが出来ました。
福島の方達から、「福島に戻ってからも実際に使える自然のお手当など学びたい」、
「子どもを外で思いきり遊ばせたい」、「甲状腺検査を受けたい」、
「豊田の郷土料理など知りたい」、「地元の方達と交流したい」
等々のリクエストがありましたので、そうした意見を尊重しながら、
「おいでんプロジェクト」のコーディネートスタッフ(=コンシェルジュ)の方と相談し、次のようなスケジュールを組みました。

27日(水)夕方到着。
福島の方達と、我が家の家族7人とコンシェルジュの方と、食事をしながら交流会。
夜は、3日間近くの温泉施設へ。
28日(木)午前中、「この地方の名物」ということで、近くの喫茶店のモーニングへ。
午後は、福島の方達は名古屋の病院まで甲状腺検査へ。
午後は、お寺で活動している育児サークル「寺っ子クラブ」のメンバーから有志を募り、
郷土料理「五平餅」を手作りし、福島の方達と夕食を共にしながら交流会。
29日(金)10時~3時 講師の方を招いて「自然法のお手当て講座」を開催。
午前中はこんにゃく湿布。午後は春のお手当講習会。
子どもたちは、裏のさくら広場を解放して自由に外遊び。
夕方から、同じく「寺っ子クラブ」のメンバーから、有志を募ってバーベキュー交流会。
30日(土)は、午前中に岡崎教務所まで車で移動し、昼食を取りながらの交流会。
夜には、12月の読み聞かせ会「冬休みお楽しみ会」でゲストにお招きした
「ら・びーた」さんのコンサートなど、1日岡崎の方で過ごしました。
実際に受け入れを行ってから、それまで「遠いテレビの中の場所」だった「フクシマ」が、
「友人の住む身近な場所・福島県」に変わったように思います。
子どもたちも、「また○○くんと遊びたい」と口にしています。
「保養に来る」という選択をする時点で、食事や放射能、
日常生活全般についてもとても意識の高い方たちでしたので、
「自分にとって3.11はどのような体験だったのか」「事故後に被災地で生きるとは」等々、
聞かせてもらう話はどれも重く、深く、「放射能と向き合って生きる日常」について深く考えさせられました。
数日間の滞在でしたが、古くからの友人一家や親戚と合宿をしているような、そんな楽しい数日間でした。
お別れ言葉は「さようなら」ではなく「またね」でした。本当にまた会えるような気がしています。

プロフィール

守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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