清風 2014年8月

テーマ:清風 【住職】

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よく知られているように、現代は欲望の解放された時代(世紀)と言われる。
つまり、E・フロムがすでに指摘しているごとく、
「私は自分を幸福にしてくれると予想され、しかもそれに到達した瞬間巧みに私をはぐらかすような目的を追っている」
のではなかろうか。
何故なら、「現代人は、自分の欲することを知っているというまぼろしのもとに生きている」に過ぎないのであって、
実は「人が何を本当に欲しているかを知るのは多くの人が考えるほど容易なことではない」からであるという。
(E・フロム『自由からの逃走』p277~278東京創元社発行より引用)
これが、冒頭に掲げた「世界をもって結論とはしない」ということではなかろうか。
世界という言葉がわかりにくければ、世界は世間と置き換えてもよいと思う。
世界(世間)をもって結論とはしない、と。
日本人は世間体が悪いという風に使う場合が多いので。
私どもは、物心がついてからずーっと「世間体」を気にして生きてきたのではなかろうか。
 
集団的自衛権の行使(即ち戦争)ができる国にしたり、
その前提としての、何のために国は戦争するのか国民に知らせるような面倒なことは秘密にして、
「とにかく戦争だ」と国が(閣議)決定すれば、戦争だと。
しかし国家というものは当然のことながら、他国とこの地球上で共存しておるわけで、
日本という国家のみが単独で存在しているわけではない。ということは、
近所(近隣諸国)との今までの付き合いがあり、そしてその付き合いの延長線上にこれからの付き合いをしていくので、
そういう歴史(歩み)が当然あっての上で、真空のなかで歩みを進めてきたわけではない。
これまた当然のこととして、前提としておかなければならない。
何故、「積極的平和主義」と語る安倍首相は、昨年暮れ靖国神社に参拝して、
隣国、中国・韓国・北朝鮮と再び緊張関係をわざわざ作ったりしたのか。

隣国との関係ということで言えば、過ぐる第2次世界大戦で日本と同盟を結び戦争に負けたドイツが、
戦後のヨーロッパにおいて、ドイツの侵略した近隣国
(ことにフランス・ポーランド)との友好関係を築くために重ねた永い努力が思い起こされる。
そのなかでも、1985年5月にヴァイツゼッカー(当時、西ドイツ大統領)によって行われた演説は、
当時から世界各地で深い感動を巻き起こし語り継がれてきた。
今から30年程前に行われた、そのヴァイツゼッカー演説の一部を紹介する。

罪の有無、老幼いずれを問わず、我々全員が過去を引き受けねばなりません。
全員が過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。
心に刻み続けることが、何故かくも重要であるかを理解するため、老幼が互いに助け合わねばなりません。
また助け合えるのであります。
問題は過去を克服することではありません。左様なことができるわけはありません。
後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。
しかし、過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。
非 人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。
(『荒れ野の40年』岩波ブックレット 1(1986年2月20日発行))

この演説の、今も引用される「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。
非 人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」の部分は、
安倍首相の現在の政治姿勢を指していると言える。
例えば、こうした姿勢の人は、我が国の「教科書問題・従軍慰安婦問題・靖国問題」、
その他において国や民族の罪責を問うことを、自虐史観として退けてきた。
次代を担う若者たちに誇り高い「愛国心」を植え付けるためには、できるだけフタをしなければならないと、
一部の政治家や「歴史修正主義者」と言われる人たちは考えているようだ。
しかし、そうだろうか。誇り高いとは、隣国との関係を無理解のままで、ヘイトスピーチするような姿勢を言うのだろうか。
(※ヘイトスピーチ … 国籍や人種、宗教など特定の属性を持つ集団への暴力や差別をあおったり、侮辱したりする行為。)

国民として、祖国を守るとはどうすることだろう。愛国心はどの国民もどの民族も持つ普遍的な心と言える。
視野狭窄症に陥った愛国心ではなく、「我が国もすばらしい国ですが、
あなたの国もすばらしい国ですね」という関係を築いていく努力
を、我が国から始めていけるか否か、できなければ何故できないか、じっくり腰を落ち着けて、その準備を始めようではないか。
世間体を気にしないで、人と人との関係を紡ぎ出していこう。
ドアー イズ オープン。「おもてなし」と「譲り合い」の心で。
(この項つづく)

お庫裡から 2014年8月

テーマ:お庫裡から 【坊守】

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電話がかかってきました。
「尚子ちゃん、この間な、地元におる者が顔を合わした時、又、集まりたいちゅう話が出たんやわ。
それでまず尚子ちゃんの都合を聞いてからということになってな。
一番に電話したんやけど、この日、空いとる?」うまく空いていました。
「そんならこの話、進めるから、絶対来てな」
小学校の同期会の話です。
私の母校は、津(三重県県庁所在地)の西、安濃(あのう)という地区の一番奥、
経ヶ峯(746m)という山の麓の田んぼに囲まれた草生(くさわ)という名の小さな学校です。
同期の卒業は、45名(男23名、女22名)、6年間1クラスでした。
五年前、地元に残った人が定年を迎えたからでしょう、小学校を卒業して50年目にして初めての同期会が、地元の人達の尽力で開かれました。
喜んで出かけたのですが、18歳から地元を離れてしまった私は、まるで浦島太郎、自分の姿のことは忘れて、このおじいさんは誰?名前を聞いても、エー、そんな人いたの、と驚くことばかり。
そして、私は三重県弁をしゃべっていると思っていたのに、地元の人達と言葉が全く違っていたのです。
それに長い間ほとんど会っていない人達と、どう距離を取ったらいいのか、何を話題にしたらいいのか、戸惑うことばかりでした。
そんな私なのに同級生は、「尚子ちゃんの都合聞いてから」「一番に電話した」、なんて有り難い事でしょう。
今回集まったのは、初回の半分、17名(男11名、女6名)でした。
聞けば、この5年間で3名が亡くなっており、体調を崩している人や、介護に手を取られている人が何人もいるという。
地元独特の言葉の洪水の中、「尚子ちゃん、こうやったやんか」「あの時、尚子ちゃんこうやったやんか」と声をかけられ、
すっかり心がほぐされて、ああ、私はこんな穏やかな人達と一緒に大きくなってきたのか」と嬉しく再会を約束して、
故郷を後にしたのです。
67歳になって、ちゃんづけで名前を呼ばれるなんて、同期会ならではですね。

 

 

今月の掲示板 2014年8月

テーマ:今月の掲示板

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日常生活は、
見たもの、聞いたこと、考えたものに
心が散って
人間を少しも育てない
精神を持つ時、
初めて人間は、育つ

われわれは、みんな
煩悩の熟練工です。

棒ほどに悪いことをしておっても
針ほどに返ってほしい
針ほどにしかいいことをしていないのに
棒ほどに返ってきてほしい
というのが、人間の根性です。

浅いことが、浅い心ではできない
深い心でないと、浅いこともできない。

己知らずの人間は
与えれば与えるほどに
不足に思う

ものさせれば
不器用な人でも
煩悩だけは器用に起こす

信心をいただいても
腹が立つし、欲も起こる
けれど
腹立ちや欲を起こしたことを縁として
自分に立ち返るということができるようになる。

念仏とは
自分がわかるということです

本堂に座って 2014年8月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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今年も夏休みが始まりました。子どもが学校に上がってからというもの、
夏休み最大のテーマは「いかに宿題をやらせるか」です。
まぁ、夏休みでなくても「アレをしなさい」「コレは終わったか?」と言うのは日課のようになっているんですが…。
そんな中、ちょっと耳が痛くなるようなお話を読みました。

現在、青少年の(大人たちも?)倫理道徳的な考えや言動が希薄であると言われます。
子供たちにそれらを教え身につけさせるのは、いつ頃どのようにしたらいいのでしょうか。
1歳半から3歳頃までは、母が自分とは異なる存在と認識し、
歩く・話すことで行動・活動やコミュニケーションの自由から自律性そして自信を身につけ始める時期です。
この時期から「しつけ」が始まります。
ただ、それは親や無条件に全面的に信頼できる守ってくれる人、すなわち「安全の基地」があってのことです。
それから6歳くらいまでは、走る・跳ぶ・投げるなどが発達し、世界が家庭の外へも広がってきます。
「僕は僕」という一種の独立宣言というか自発性がはっきりしてきます。
「はい」より「いや」が多くなり、大人への質問も多くなります。
男女の違い(父母の違い)も分かってきて、少しずつ善悪・正邪・克己心(忍耐)・勇気・秩序・規則などの形成が始まります。
この頃、身近にいる大人たちの何気ない日常会話・常套句が交わされる中で、
こういう場面ではこうするものなのだというようなものがストックされていきます。
次の学童期に入ると、やりたいやりたくないに関わらずやらねばならないことが多くなります。
学ぶ喜びも感じます。
意味のある活動遂行のために自分の能力やエネルギーを投入する熱意も出てきます。
自分には自分なりの力があると認識し始めます。
この頃、善悪や正義、親切や誠実さ公正さ、良心、友情、信頼、尊敬、忍耐、信念などを身につけていきます。
その際に、それらを直接言葉で教えようとしても、それはうまく身に付きません。
大人や上級生などの具体的な言動に接して気づいたり、
印象に残る出来事があったときに共感したりしながら体験的に身に付いていきます。
しかしそれは、体験としては限られた範囲しかできません。
その体験を擬似的に広げるのは読書です。さまざまな物語にふれ、いろんな人の伝記を読むことがきわめて大事です。
音楽や美術・造形のような言葉を超えた芸術、無限なるものに接することも大切です。
大自然の中で、高い山を仰ぎ見、広大な海や空をながめ、雄大な川の流れや滝の前にたたずみ、
日の出や日没を眺めるのもいいです。
思春期以降は、尊敬できる人との出会いが決定的になっていきます。あの人のように生きたい。
このことに人生をかけたい。あんな会話ができるようになりたい。ああいう感性を身につけたい。
それはそれまでの自分の価値観や人間観や世界観をひっくり返すほどの影響力をもちます。
つまり、その子の行動は環境(特に言葉)と出遇い(人間以外も含めて)によってつくられていき、
単に言葉で説明して身に付くものではありません。
わたしたち大人が、常に人間の見本として、子どもたちに観察されているということですね。
(「十二、大人は常に人間の見本~子どもはそれを見ながら成長する~」
真宗大谷派難波別院発行『今、教育の現場では…』真城義麿著 より掲載しました。)

親の立場からは、子どものためと思って「早く宿題を終わらせよう」などと言ってしまいますが、
言われる子どもたちからすれば「はぁ、また言ってるよ」くらいに聞こえているんだろうな…と、
顔を見ていて感じることがあります。
子どもの行動をうながすには、言葉よりもまず自分が動くこと…そうだよなぁと思いつつ、
これがなかなかできないのが自分のダメなところです
(自分が毎年宿題に苦しんでいたなんて、口が裂けても言えません…)。

今日も快晴!?2014年8月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】
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明日からいよいよ夏休みです。
我が家は今年は長男6年生、次男4年生、長女1年生と、3人そろって小学生になる最初で最後の年です。
入学前から何も心配していなかった長女は、案の定絶好調で1学期を終えました。
入学する前から運動会や読み語りボランティアなどにくっついて小学校に出入りしていたせいか、
全く物怖じせず、「あ!開くんの先生だ!」、「○○ちゃんのお姉ちゃんだ~」と、毎日楽しそうに通っています。
何もかもが手探りで、子ども園で顔見知りになった数人のママ友達だけを頼りに、ドキドキしながら小学校の門をくぐった長男の時とは大違いです。
そんな長女の様子を冷めた目で見ているのは長男です。
丁度思春期&反抗期を迎えつつある彼は、長女の天真爛漫な様子が気に入らないらしく、
「ありちゃん、うるさい!本当にむかつく!」、「ほら!○○するのはやめろっつったじゃねーか!邪魔すんな!」等々、
毎日のように兄妹げんかが絶えません。
大概兄妹げんかはどっちもどっちなのでほかっておきますが、その日は少し様子が違いました。
長男が食卓のダイニングテーブルの上で宿題を広げている横で、
娘が何やらちょっかいを掛けたようで、長男が「ありちゃん!いい加減にして!!」と怒りを顕わにし、手にカッターナイフを持ちました。
さすがに長女に向けることは無かったのですが、
そのままお供えに頂いたお菓子の空箱にカッターの刃を突き立て、何度も何度も箱にカッターを突き立てました。
さすがの娘も静かになり、長男の正面に座っていた次男も固まって動くことも出来ず、その場にいた皆が凍り付いたようになりました。
「ザクッ!ザクッ!!」という箱を切り刻むカッターの音を聞きながら、
(あ、これはいつもの兄妹げんかとはちょっと違うな)と、感じたので、長男の隣に座り、
「どうしたの?」「何か学校で嫌なことでもあったの?」と聞きながら、
(彼の心の中には、今何があるんだろう?)と必死で考えました。 
小学校最後の年ということで、6年生の彼には通学団の団長さんや
小学校の運営委員長(昔で言う生徒会長?)等の役割が割り当てられ、
新入生の世話やら運動会の手伝いなど、色々仕事が割り当てられているようです。
部活も夏の大会に向け、練習に熱が入っているようでした。
また、4月から新しく「くるま作りを究めるプロジェクト」という校外活動にも参加することになり、
月3回土曜日は9時から4時まで、現役の工場のスタッフの方達に色々教わっているようです。
(そっか!多分長男は忙しすぎていっぱいいっぱいだったんだ!)と思い当たりました。
元々のんびりした子なので、家でゆっくり本を読んだりレゴをしたりする方が性に合っているのです。
「ごめんごめん、開くんちょっと忙しかったんだね。
運営委員や部活やくるまづくりも始まって、毎日大変だったんだね。
お母さん、開くんはもう6年生だから、何でも出来ると思い込んで、全部やらせちゃったね。
本当に悪かったね。お兄ちゃんだから大丈夫だって、しんどいの気づいてあげられなくてごめんね!」。
長男の目が赤くなり、うっすら涙が浮かんでいました。
私も長男を抱きしめて一緒に泣きました。
子育ては、(6年生だからもういいだろう。お兄ちゃんだから大丈夫だろう)という思い込みが通用しない。
いつもその場、その時の子どもと真剣に向き合わなければいけないと、再確認しました。

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守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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