清風 2015年1月

テーマ:清風 【住職】

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家は雨露をしのぐほど
食は飢えをしのぐほど
                世阿弥
 
本年も、どうぞよろしくお願いします。

この度の小生の入院に際しましては、ご心配いただき、またいろいろ配慮していただきました方々にお礼申しあげます。

お陰さまで12月2日に退院、10日に再検診を受け、順調に快方に向かっているとのことで、自宅にて慣らし運転中(?)であります。
10日以降、お取り越し(門徒宅報恩講)にも伺っております。
声を出すというのは、随分お腹に負担をかけることだということも、歌手などがお腹から声を出しているということを聞いて知ってはいましたが、今回のお腹を切るという経験を得て、お勤めもお腹の筋肉を随分使っているのだということを実感させられています。
入院(手術)4日目の朝食から、先ず三分粥でしたが、口からの食事ができるようになりました。
その時の粥の美味しかったこと、特に粥のご飯を口に入れた時、思わず歯でよく噛んでおったことが印象的でした。
ご飯がこんなにも甘いというか、今まで経験したことのなかった、その何とも言えない味わいは、何にも代え難いものでした。
「ものでした」と、すでに過去形になってしまうのですが、今は普通食になり、これが当たり前になってしまっていますので、もうお粥は病人食としか受け取れないことに、意識・分別ではなっているのだという事実を教えられている次第です。

さて、健康ということですが、それはそれで結構なことですが、1面に「家は雨露を しのぐほど 食は飢えを しのぐほど」という言葉を紹介させていただきましたが、「あたりまえ」という言葉が、知恵(意識・分別・理性)を持った人間は与えられれば(獲得すれば)すべてを当たり前として、「もっと、もっと」と欲望を満たしていくことを“進歩”と称して何の疑問も持たないできてしまったのだということを実感させられている次第です。
「家は雨露を しのぐほど 食は飢えをしのぐほど」、家も食もそれぞれには「ほど」と語られるように「分」があるのだと。
人間は、その「分」が分からなくなった時に「生きる」ということの(「分」も分からなくなったのだという)自覚を失い(「進歩」という言葉でカモフラージュしてしまい)、限りなく一生物としての「分」を失ってしまったのでしょう。
目覚め(自覚)の内容は、釈尊の遺教に示されている「あなたはあなたに成ればよい あなたはあなたで在ればよい」(あの人に成っても、この人で在っても、私を生きた事にはならないのですから)でありました。
今回の入院に際し、あらためて仏教の本来の意味、「目覚めの教え」という、その目覚めの内容について教えられたことでした。まずはお礼とご報告まで。
住職謹白

お庫裡から 2015年1月

テーマ:お庫裡から 【坊守】

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先日、片づけ物の中から、陽子(長女)の小学2年生の時の日記が出てきました。

「12月25日(1980年)
夕べ、赤ちゃんをはじめておふろにわたしがだいて入りました。
お母さんがまだおふろに入れないし、お父さんは京とだからです。
まず、わたしが先におふろに入ってかげんをみました。
そこへ、お母さんが赤ちゃんをだいてつれてきました。
お耳に水が入らないようにしっかりだいて、そろそろおゆにつかりました。
さいしょ、もぞもぞしたけれど、じきに気もちよさそうにだかれていました。
お母さんに「じょうず、じょうず」とほめられて、すっかりうれしくなりました。
わたしは「これから、ずっと赤ちゃんをだいて、おふろに入らせてね」とお母さんにたのみました。
お母さんは「そうしてくれるとたすかるわ。おねがいね」といいました。
わたしは「うれしいな、うれしいな」といいながら、ゆうこちゃんをだいていました。」

この日記を読んで、入寺した当時のことが思い出され、子どもたちにもどんなに助けられていたか、あらためて教えられました。
年月は巡って、甘えっ子で、だめだめ子ちゃんの代名詞の有子ちゃん(我が家でのこと)評価を変えなければならぬこととなりました。
それは、戸谷健吾という、なんとも好青年の伴侶を連れてきてくれたからです。
有子は同志社の心理哲学科を卒業しておりますが、ゼミの先生が「この学校で卒論に親鸞を選んだ学生は初めてだ」と言ってくださり、もともと関心がお有りだったのでしょうが、その後、帰敬式を受けてくださるご縁を結んでくださいました。
その先生をお迎えして、4月4日、有子は守綱寺の本堂で結婚式を挙げることとなりました。
2015年、めでたい報告から始まりました。
本年もどうぞよろしくお願い申しあげます。

今月の掲示板 2015年1月

テーマ:今月の掲示板

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『続「骨道を行く」』浅田正作著 より

そのほかに
一日の終わりに
一日をふりかえり
一年の終わりに
一年をふりかえる
損じゃ 得じゃ
勝った 負けた
そのほかに
何があったろうか

本当のこと
今年の冬こそ
大雪が降るという
みんなが言うと
真実のように聞こえるが
本当のことは
だれにも わからない

地獄
他人の花が赤く見える
あさましや
これが
ないものねだりの私が
おちる地獄

全財産
愚痴いっぱい
欲望いっぱい
腹立ちいっぱい
煩悩いっぱい
恥ずかしいけれど
これが 私の全財産

念仏三昧
大根には
大根の甘み
キャベツは
キャベツの甘み
人生にも
さまざまな味がある
甘くて 辛くて
苦みもある
この人生を
味わい尽くす
このことを
念仏三昧と教えられた

そのままの
知らぬ間に
撮られた写真
気に入らないが
そのままの自分が
写っている

相変わらず
苦のない人生など
無意味と
合点しながら
私は相変わらず
楽がしたくて
ウロウロしている

本堂に座って 2015年1月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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突然の選挙も終わり、結局は与党が解散前とほぼ同数の議席を得る結果となりました。
各党・候補者の主張に対して、それぞれの判断基準を持っての投票行動だったと思いますが、今回の結果につながる、多くの方々の心情を書き表してくださっている様な文章に出遇いました。

私たちの世界にはたしかに善悪があります。
ところが、問題はその基準が定まらないということです。
善悪、つまり善いか悪いかというこの考えは、人間がその時代その時代の状況の中から作り出したものですから、時代社会の状況の変化によって善悪の基準も変動するわけです。ある時代では善と言われていたことが、時代が変われば悪になるということもあります。
私たちの善し悪しの考え、基準は常に動いているのです。
善し悪し、善悪の考えで生きているということは、結局のところ「現実主義」ということでしょう。
その意味で、私たちは現実主義者という生き方でしかないのです。
この現実主義者の生き方にいつもでてくるのは、「○○感情」とか「△△心情」とか言われる言葉です。
その場合、常に指摘されることは、歴史を見通す確かな眼、見識というものの欠落です。
明治生まれの私の母親は、よくいろいろなことを聞かせてくれました。
こんな都都逸があります。
「金が欲しさにいのちを忘れ、いのちなくなりゃ金いらん」と。
これはなにも昔の話ではなく、今日の状況、問題をずばり言い当てているではありませんか。
今はいのちよりも経済が最優先なのです。
政府や企業も、文化生活を享受するため、世界有数の経済大国であり続けるためには原発が必要なのだと。
つまり、政府や企業の考えは、原発を動かすことが善なのです。
善だと考えるからそう(原発が必要だと)主張するのでしょう。
大事なのはそこです。
私たちは悪に惑うというよりも、善に惑いやすい。善に振り回される。
ですから、現実主義の生き方は鼻先しか見ない、見えない。言い換えれば「現在がよければいいじゃないか」という姿勢です。
歴史を見通す見識の欠落なのです。
私たちはそうした善悪の考えを立場とした生き方しかしていないことが、聞法することによってあぶり出されてきます。
あるチラシにこんな言葉が出ておりました。
「原発は危ない。でも便利で快適な生活のためには原発が必要でしょと言われると、そうかなぁと思ってしまう私がいます」。
まさに自分の思いが言い当てられていませんか。
続いて「戦争なんてこりごりだ。
でも「国の安全のためには軍隊が必要でしょ」と言われると、それもそうだなと思ってしまう私がいる」。
これは一例ですけれど、そういう形で私たちは誘惑を体質的に引きずって生活しています。ここにおいて、よりはっきり言えば、私たちは真実を求めるのだと言いながら、その実、真実よりも目先の安らぎ、癒しを求めて、自分が問われる厳しいことからは逃げたいという、そんな実態がごまかしなくあぶりだされてくるではありませんか。
「誘惑は大きいが負けてはならない」厳しくも、何と重い言葉でしょうか。
そうしたことを私のところのお寺で話しておりましたら、質疑の時間にある人からこう言われました。
「言われることはわかるんだけれど、そんなことを私1人が思ってみたところで現実は何も変わらない」と。
確かにこれはよく聞かれる言葉ですが、これが誘惑の最たるものではないでしょうか。
それで、私は思わずその人に「周りが変わらないからあなたが変わるのです。あなたが変わればあなたの生きる世界が変わる。毎日の生活の中であなたの発言が変わってきますよ。家族との語らい、あるいは友達との会話のところにもその変化は必ず現れます」と申しあげたのです。
私たちは「そんなことを言ったってどうにかなるもんではない。人間なんてそんなもんだ」と、そういう形で自分を許してしまう。
そしていつの間にか安全地帯、温室の中に逃げ込んでしまう。
だが、それを許さない智慧が仏さまの智慧、信心の智慧なのでありましょう。
(『親鸞聖人と現代(いま)を生きる』池田勇諦 著 東本願寺出版部発行 より抜粋して掲載しました)

私1人では変わらないと逃げてしまわずに、確かな眼をを持ちたいものです。

今日も快晴!?2015年1月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】
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思春期&反抗期を迎えた長男との会話がとても楽しい今日この頃です。
先日のお題は、「学芸会」でした。長男の言い分によれば、
「学芸会、やる意味が分からない。やるだけ無駄。時間の無駄。つまらん。だいたい、配役だって『自分でその役をやるって決めたんだからしっかりやりなさい』って先生は言うけど、劇の台本だって全部先生が決めているし、自分で決めたって言われても、元々先生が全部決めてるし…」。
なるほど、なるほど。かなり批判的です。
まずは、帰宅してすぐにこのお題について旦那さんに振ってみたようです。
「でもね、先生達も決められた指導要領に沿ってやらなきゃいけないんだから仕方が無いんじゃない?本当にやる気がないのか、そうは言ってもちゃんと真剣にやっているのかは、見てちゃんと分かったよ」。
そして、夜には私に同じお題が振られたので、
「うん!全くもって開くんの言うとおり!そりゃ先生がいかん。よし!こうなったら革命を起こすんだ!クラスのみんなに呼びかけて、先生に反旗を翻そう!『全部決められた学芸会なんて意味が無い!自分たちで一から作り上げてやりたいんです!』とか宣言してみたら?お母さん全面的に協力する!」、
「…あ~、そこまでじゃないんだけど…」、
「なんで!?そりゃ絶対先生のやり方がおかしいって!やろう、やろう♪」、
「……いや、いいです…(-_-)」。
子どもの反抗心をいたく削いでしまう母なのでした。
我が家の良いところは、
「大人でも一人一人全然言うことが違う。色々な大人がいるんだな」ということがリアルに感じられるところでしょうか?
それ以前から、長男は「お経の意味が分からない。興味ない。お寺は継ぎたくないetc…」かなりまっとうな反抗期を迎えています。
時にはなだめ、時には聞き流し、時にはちょっといらっとしながら、彼の精一杯の抵抗を受け止めています。
自分が親になっても、中身はまだ学生時代のままのような気がしているのですが、
長男にとってはこんな親でも「乗り越えるべき壁」に見えるのでしょうか。
自分が思春期の時に感じていた(なんとかこの家を出なければならない。
このままでは自分は潰されてしまう)という、危機感というのか、ヒリヒリした焦りの様な感情は、今もはっきり思い出すことが出来ます。
長男は、きっと今、小学生なりに全身全霊を掛けて自分が所属する学校、家庭、地域、寺、そういったものと対峙し、葛藤し、自分の生きる道を模索しているのだと思います。
もう身長も150cm近くになり、あと数年したら抜かされることでしょう。
先日は、中学校の制服の採寸にも行きましたが、学生服を着るだけでぐっと少年のような雰囲気になるから不思議です。
そのほかにも、反抗期の子どもからは色々な要求が飛んできます。
「シャープペンシルが使いたい」→「小学生の間は鉛筆を使いなさい」と却下。
「9時過ぎまで起きていたい」→「基本子どもは9時就寝」と却下。
「友達とコンビニでカードが買いたい」→「出来ればして欲しくない」と要望etc…毎日様々なせめぎ合いがあります。
我が家の子どもにはまだ持たせていないゲーム機、持たせる予定のない携帯、スマホetc…。
何をどこまで許すのか、なぜ禁止するのか。
親も頭を使う日々です。

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守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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