清風 2016年4月

テーマ:清風 【住職】

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あなたの意見には反対だ。しかし、あなたがそれを主張する権利は、いのちをかけて守る。
ヴォルテール(1694~1778)啓蒙時代のフランスの代表的著述家。
『寛容論』は宗教的狂信に関する厳しい告発だと言われる。


この一句は「何故、いのちが大切なのか」の根拠を暗示しているといえると思うが、どうだろうか。
いつでも、どこでも、今では「いのちが大切だ」という言葉は聞ける。
しかし改めて「いのちが大切」と言われても、無条件に「いのちが尊いと言えるか」と問われてみると、「さて」と考えるのではないか。
「いのちは大切」と言えるのは、健康だから、財産があって…など、私の思いに適うならばという条件付きであって、その条件が満たされる限りに於いて「いのちは大切」と言っているに過ぎないのだ。
それらの条件が失われるとき、それでもなお「いのちは尊い」と言える根拠を、我々は持っていないのではなかろうか。
人生、生きる限り苦悩から自由にはなれない。
しかしその苦悩も、実はいのちが与えられているから可能だった。
苦悩できるのも大切な人間の能力なのだ。
「反対」と言われて自分全体が否定された様に感ずるのは何故だろうか。
「反対」と言われて自己が否定されたと感じるときにも与えられている、という事実に気付けないからだろう。
ヴォルテールのこの一句は、そういう意味から言えば、生きる根源、つまり人間は人生においてどんな言葉・一句に出遇うかによって生きることができるという事実を予言していると言えるのであろう。
では、その一句とは?
「反対」の人も「賛成」に、「賛成」の人も「反対」に変わっていく可能性がある。
それはしかし、いのちあってのこと。
いのちが与えられていて初めて苦悩することもできるのだ。
いのちを奪うということは、その変わりうる可能性を奪ってしまうことでしかない。
「反対」の人にも「賛成」の人にも共通なことがある。
それは、いのちが与えられているということなのだ。

2016年4月

テーマ:ブログ

久しぶりにインドへ仏跡巡拝に出かけました(2月18日~2月27日)。
インド仏跡巡拝は初めての方ばかりでしたので、まずは3ヶ所、『大無量寿経』を説かれた霊樹山・成道の地ブダガヤ・6年の苦行をされた後、下山された釈尊に苦行された身を回復されるための乳粥を捧げた村娘を偲んで作られたスジャータ廟、に参りました。
それと、釈尊滅後、その遺徳を讃えて作られたアジャンタ・エローラ石窟寺院へ。上に挙げた所では正信偈を共にお勤めし、感話をさせていただきました。

今回の巡拝では、特にニューデリーのガンジー記念館へ立ち寄りました。
イギリスからのインド独立の父と言われるガンジーは、彼の主宰する機関誌『ハリジャン』(1942(昭和17)年7月18日付)に「あなたがたの友であり、その幸いを祈る者である M・Kガンディー」の名で「すべての日本人に」と題して寄稿しています。
1942年7月という時は、ビルマ(現在のミャンマー)にまで侵略していた日本軍がイギリスの植民地からの解放という名分を掲げてインドへ軍を進めようとしていた時期です。
アヒンサー(非暴力・不服従)・サティアグラハ(真理による)というガンディーの行動を支えた信念の一片を紹介します。
全文で1万1千字余の原稿から、以下に抄出して掲載します。

世界の列強と肩を並べたいというのは、あなたがたのりっぱな野望でありました。
けれども、あなたがたの中国に対する侵略や枢軸国との同盟は、たしかに、そうした野心が昂じた不当な逸脱だったのです。
(中略)わたしたちは、あなた方の政策やナチズムにも劣らずわたしたちが嫌悪している帝国主義に反抗しなくてはならないという独自の立場に置かれています。
帝国主義に対する私たちの反抗は、イギリス人に危害を加えるという意味ではありません。
わたしたちは彼らを改心させようとしているのです。
それは英国支配に対する非武装の反乱です。
いまやこの国の有力な政党(国民会議派)は、外国人の支配者たちと、決死の、それでいて友好的な闘いを交えているのです。(略)
インドから英国勢力の撤退を要求するわたしたちの運動を、どんなことがあっても誤解してもらってはなりません。実際、伝えられるとおり、あなたがたがインドの独立を熱望していられることを信じてよければ、イギリスがインドの独立を承認した場合、あなたがたはインド攻撃の口実を失うはずです。さらに伝えられるところのあなたがたの宣言(1941(昭和16)年12月8日の米英に対する宣戦布告)は、あなたがたの無慈悲な中国侵略と矛盾しています。(以下略)
(『わたしの非暴力 2』「67 すべての日本人に」みすずライブラリー 1997年9月 みすず書房発行)
(今月は、「和讃に学ぶ」は休載させてもらいます。)

お庫裡から 2016年4月

テーマ:お庫裡から 【坊守】
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暖かく晴れ上がった日は、陽ざしがキラキラ光って「出ておいで」「出ておいで」と、私を外へと呼び立てます。
外へ出たら出たで、元気な雑草たちが「あーら、やっとお出ましですか」と笑いかけます。
かくして、「親のかたきじゃ」と言わんばかりに、雑草と格闘の日々が始まるのです。
草を抜くとき、いつも感心するのは、種の落とされたそこを、自分の唯一の生きる場所として、芽を出し、根を張り、花を付け、実を落とす草の健気で逞しい、その姿です。
「顔が合ったが100年目」と抜き捨てる草達、せめて名前だけでも知りたいと、久しぶりに「野の花・山の花」図鑑を開きました。
アッ!かたき草を1つ見つけました。
あわてて外へ飛び出し、2、3本取ってきて見比べ、ウン、間違いないと、確認。
私が目の敵にしていた草の名前は「八重葎(やえむぐら)」。
確か「万葉集」か「枕草子」かで、「八重葎」という言葉は知っていました。
なーんだ、あんたが八重葎さんだったの。
やっとことばが結びついたけれど、ペタペタくっつく八重葎は、やはりかたき草に変わりはありません。
これを機に、まだまだ名前を知らぬ「目の敵」さんたちの名前が知りたくなりました。
草達にしてみれば、やっと芽を出しこれからという時に、私と目が合ったばっかりに、無残に抜き捨てられ、残念なことでしょう。
「ごめんなさい」なのに私の中で草取りは善行になっている。
「重ねてごめんなさい。」草はそんな私に構うことなく、使命のままに、次々と新しく芽を出してくる。
あー、草の方が大きい。大きなものに支えられているんだ、私。

今月の掲示板 2016年4月

テーマ:今月の掲示板

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  近代人には
  内省、内観の時間がない。
  外へ、外へと情報を追いかける。
  だが、ほんの少しの時間でも
  己を見つめるには充分だ。
  そして、自分の内奥にも宇宙があると知れる。(ムヒカ)

  どんな戦争も
  自衛のためといって始まる
  そして苦しむのは世間一般の人々なのだ
  騙されるな、
  このままでは70年間の犠牲者たちへ
  顔向けが出来ない    野坂昭如

  病気のことは医者に任せる
  しかし、生きることは
  医者に任せることはできない

  自衛、
  これを理由に人は戦争を起こす
  これを大義に人を殺す
  今の世界が
  まさしくこの論理を体現している  森達也

  戦争は偉大なる汚染です
  温暖化で地球が滅びるいうてる時に
  もう戦争する余裕はないんです  米谷ふみ子

  何かを評価することは
  評価する者が何であるかを語ることである

  死ぬということが
  一人称になった時には必ず
  生きることも自分の問題として迫ってくる
  死ぬことと生きることは別々じゃない  藤井美和

  いつも喜びをもって、満足をもって、生きるのが
  本当に生きる、のである
  死ぬ時は
  静かに念仏を称えて満足して、死ぬ

本堂に座って 2016年4月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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少し前に、広島の受験生が自死してしまった事件がありました。
聞こえてくる情報は学校の対応の問題を指摘するものが大半でしたが(確かに気になる点はいくつもありました)、その中に一部「本当に死ななければならないほどのことだったのか?」という意見があり、いろいろ考える中で、こんなお話に出遇いました。

私どもが願い求めております幸せがいったいどういうものかということを手っ取り早く思い返させてくれるのが、人々が神社に祈願する願いごとでありますね。
その願いごとの1つひとつを改めて考えてみますと、そこに私たちが求めている幸せという姿がなんとなくわかってくるわけでございます。
しかし、そういうかたちで求められてきたものは、私の生活を成り立たせてくれています状況でございます。
どれだけ状況に恵まれましても、そのことがこの世に生まれてきたことの喜び、いま生かされてあることの感激には直ちにはなってこないし、そういうものがなかったら人間としてのほんとうの幸せにならんのでないかということが改めて気づかされるわけでございます。
私たちは「私」というものを考えて、その私の生活の中にいろんな幸せを取り込んで、それが私の幸せというように追い求めているわけでございます。
けれども私たちがもし私、私と、一人ひとりバラバラのいのちを生きているとしたら、これまたどれだけ「私」を大きくして、そして「私の内容」をどれだけ豊かにして満ち足りたものにしても、さてどうかなということがございます。
ともかくそこに私たちは、ただ自分のためにだけ、たくさんなものを取り込み、そして自分の夢を実現して、横から見れば結構な生活、何の苦労もなし、心配もなし、毎日日向ぼっこしておればいいんだというと、なんと結構なと思うんですけれども、日向ぼっこしかできない生活というもの、これは大変でございます。
来る日も来る日も日向ぼっこをしているよりしょうがないという生活ならば、どれだけ生活に不安がなくても幸せとはいえない。
何かそこに周りの人とのつながり、そして周りの人から「あなたが生きていてくれるから」と、そう言ってもらえることを願い求めているということがございます。
考えてみますと、私たちは社会に出て、走り回って、いろんな仕事をしている。あれをしたのは僕たちだ、こういうことも僕たちはやっているんだ。
こう自慢したり、自負したりしておりますけれども、ふり返ってみますと、周りの人からやさしい心と美しい笑顔を引き出してくるだけのそんな大きな仕事をしたことがあるのだろうか。
俺は世のために必要な仕事をがんばっているんだといくら威張っておりましても、周りの人から引き出してくるものは、競争心であったり、あるいは劣等感に陥れたり。
いろんな仕事をしているといいましても、じつは人間にとって何よりもいちばん大事なこと、いちばん根っこになくてはならないものは、やさしい心と美しい笑顔でないか。
私たちがこうして生きていく社会が、どれだけ物質的に豊かになろうと、どれだけ便利になろうと、その根っこにそういうやさしい心と美しい笑顔が満たされているということがなかったら、ほんとうには人間として一人ひとり、自分自分の力を尽くしていくということはできないのではないか。
このいのちの中には、思いからいえば、嫌だなぁと思う面がたくさんありますね。
私の生活の事実の中にもしんどいなぁと思うことがいっぱいある。
しかし、そういうものを全部受けとめて、この私の人生をかけがえのないものとしてほんとうにいただいていけるという世界が私たちに開かれてくることが、私にとっては人間として求めずにはおれない世界ではないか。
そこにおいて、初めて私たちは周りの人とも出会い、心通わし合うこともできるのでないかということを強く感じさせられます。
そういうことをとおして、まず幸せとして思いえがくことと、私の人間としてのいのちが願っていること、そのことをしっかりと自分自身に尋ねていくことが大事なのではないでしょうか。
(『真宗のすくい-幸福に死し、真実に生きる-』宮城顗 著より抜粋して引用しました。)

自分にとってどうなることが一番幸せなのか、自分の周りの人に何をしてあげることが本当に必要なのか…この件は学校のあり方よりも、もっと大事なことを問いかけてくれているように思います。

今日も快晴!?2016年4月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】
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子育て中の母を悩ませるお題の一つに「習い事」があります。
自分はピアノと習字を習っていましたが、両方大嫌いで全然身につきませんでした。
母の方針で「習い事は3年生になってから」ということでしたので、ピアノを始めたのは3年生でした(この方針に関しては、それまで思い切り外遊びを楽しんできたので、間違っていないと思いますが)。
でも早い子はもう3歳くらいから習っているので、私が始めた時に同級生たちははるか彼方にいて、あまりの差に追いつけず、やっても劣等感を感じるだけで本当に嫌でした。
元々体を動かすことが好きだったので、じっと座っている練習も苦痛で、どうせ習うなら器械体操とかサッカーが良かったのに、当時はそんな習い事は近くにありませんでした。
今になって思えば、当時父は単身赴任で京都におり、8歳離れた妹が生まれたばかりだったので、母に私の習い事の送迎をする余裕など無かったのだろうと思います。
中学校になって「部活で忙しいから」とさっさとピアノを止めて、本当にさっぱりしました。
そんな自分の苦い経験から、子どもたちにも習い事を積極的にやらせる気はありませんでした。
ところが、母が「どうしても在ちゃんにピアノを習わせたい。
私がお月謝出すし、送迎もするから」と言うので、「それならどうぞ」と母に丸投げしました。
しかし案の定娘もピアノは好きで無いらしく、「やめたい」と言うのもしょっちゅうで、練習も全然やりません。
私も習わせる気は無かったし、自分も嫌いだったので「練習しなさい」とも言いませんでした。
結果、娘は当日行く前にちょっと弾いて、「出来ない!行きたくない!」と泣いて大暴れすることが続きました。
こちらも苛々しながらも、(練習しないあなたが悪いけど、でも嫌だよね。分かるわ~)と思って我慢していたところ、練習の時にたまたま同じ部屋にいた父と母が「そんなに文句言うなら止めてしまえ!」「そんな下手なピアノ聞かされるこちらの身にもなって欲しいわ」と娘に暴言を吐きました。
これで、私がピアノ嫌いになった謎が解けました。
きっと昔、私も同じようなことを言われていたのでしょう。
そりゃ嫌いにもなるわ!と、メラメラ怒りの気持ちがこみ上げてきました。
(くそ~!こうなったら、娘は絶対ピアノ好きにしてみせる!親のやり方で子どものやる気が全然違うことを見せてくれるわ!)と、俄然私のやる気が沸いてきてしまいました。
そして、(どうしたら娘がピアノに興味を持つだろう?)と、考えた末、「私がピアノを楽しめばいいんじゃない?」と思いつきました。
負けず嫌いの娘の性格を利用しようと、30年ぶりに昔の楽譜を引っ張り出して、懐かしい曲を弾いてみました。
エリーゼのために、荒野のバラ、人形の夢と目覚め、花の歌etc…あんなに嫌だったのに、体は結構覚えていてくれて感動しました。
全然弾けるというレベルでは無いけれど、久しぶりに鍵盤に触ったら懐かしくて嬉しくて、あれ?ピアノって楽しい!と思えました。
以来、「在ちゃん今忙しい?じゃ、お母さん、先にピアノ弾いて良い?」と、私が先にピアノを弾き出すことにしました。
すると、娘がささっとやって来て、「お母さん、代わって!」と練習をするようになりました。
もし、30年前の母が今のこの状態を見越して私にピアノを習わせていたのなら、それは素晴らしい先見の明に違いありません。

プロフィール

守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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