清風 2016年5月

テーマ:清風 【住職】

syukoji_09090901.jpg

当たり前にある 日常のありがたさを胸に 僕たちはグラウンドに立ちます。

2016年春の選抜高校野球開会式 選手宣誓
香川県小豆島高校野球部 樋本尚也主将


この宣誓を、皆さんはどう聞かれましたか?私は、若い球児の宣誓に大変教えられました。
この清風紙の届く頃には状況が好転していることを願うばかりですが、書いている今は、余震が続く熊本地震の被害の状況が刻々と伝えられていますから、この「当たり前にある、日常のありがたさ」という内容を、身に感じ取っておられる方も多いと思います。
この高校野球の開催時には、おそらく東日本大震災の被害からの復興途中の球児たちを思っての発信だったと思いますが、また熊本の現状を知らされている今、いずれにしても私どもは、「当たり前」として見過ごしていく私たちの生活の有り様というのか日常生活の受け止め方について、気づかないでいる視点を教えられた気がするのです。
それは、東日本大震災に遭われた方の「失ってみなければ、日ごろの暮らしの有り難さは分からないと思います」という発言にも、先に出会っていたからでもあります。
この痛切な発言も、私の心に突き刺さる内容を持ったものでした。

 

私どもは、それぞれ暮らしの平凡さとでも言える「昨日のごとく今日もあり、そして明日もという」、いわゆる「繰り返し」の毎日を当たり前の平凡な日常としか受けとめていません。
しかしその平凡さが、実は「貴重な」というか「ありがたさ・有ること難い」という質を持ったことだったのだと、この高校生の宣誓では言われています。
何とも思わないで「幸せを求めて」と言っているのですが、「当たり前にある、日常のありがたさ」が分からなければ、「幸せの“ど真ん中”にいながら不幸を嘆いている自分かもしれないよ」と、この高校生の宣誓から、あらためて私の鈍感さを教えられた次第です。

時に、我が国の報道の自由度は世界72位なのだそうです。

「和讃」に聞く 2016年4月

テーマ:[和讃」に聞く



解脱の光輪きわもなし 光觸かぶるものはみな
有無をはなるとのべたまう 平等覚に帰命せよ
<意訳>解脱の徳ある無辺の光を身に蒙るものはすべて、有・無の偏見を離れるとお説きになる。
平等覚の仏に帰順せよ。
(意訳は『親鸞和讃集』(岩波文庫 ワイド版)P17から引用した。)

阿弥陀仏の徳を12の光で表し、その12番目の光は超日月光という名で示されています。
この12番目の光の名が、他の11の光の徳を、誰にも・何処にいても・何時でも届けることができる、その根拠を示されています。
その超日月光とは、日(太陽)と月の光を超えた光であることを表しています。
即ち、
①日(太陽)の光は昼中は照らしますが夜は照らせません。
また月の光は夜は照らすことができても昼中はできません。
それに日の光も月の光も、陰ができます。
②日の光も月の光も、外は照らすことができるけれども、心の内を照らすことができません。
③阿弥陀の智慧の光は、常に照らしてくださっています。
阿弥陀の徳は、次の11の言葉で示されています(光の字は省略)。
無量・無辺・無碍・無対・光炎・清浄・歓喜・智慧・不断・難思・無称
その阿弥陀の光の徳は、「我必ず聖に非ず。
彼必ず愚かに非ず。ともに凡夫」(『十七条憲法』)と、また「さるべき業縁のもよおさば、いかなるふるまいもすべし」(『歎異抄』)と言われているように、私の心の内を照らし出しているのです。
さて、ソクラテスは「真実を知れ」と言い、釈尊は「自己を知れ」、鎌倉期の親鸞、その人は「さるべき業縁のもよおさば、いかなるふるまいもすべし」と言われました。
今の言葉で言えば、「人知は未熟なもの」ということになるでしょうか。
今回の某自動車会社による燃費試験データの改竄事件でも、「新車の燃費性能を確かめる実験部門で目標とする数値が達成できなければ、対策を考えるのは当然としても、何故データをごまかす方向へいき、それを見抜けなかったのか」ということの様です。
タカタのエアバッグ、そしてVWの問題など、何故データのごまかしへといってしまうのでしょうか。
不正を正す機能が働かないと、一時は逃れても結局は自らの首を絞めることになります。
これは企業のみならず、韓国の今回の与党の大敗でも立証されました。
「アンダーコントロール」が機能不全の別名では困ります。

お庫裡から 2016年5月

テーマ:お庫裡から 【坊守】

syukoji_09090902.jpg

4月10日の花まつり チャリティー 筍コンサートには、たくさんの皆さまに足をお運びいただき、ありがとうございました。
今年メインでお呼びした田村響さんは、世界の舞台で活躍しておられるのに気取ったところもなく、気さくなトークで本堂いっぱいの皆さまの心を、キュッとピアノに引きつけ素敵な演奏を聴かせてくださいました。
きっと堪能くださったことと思います。
終了後のバザーも大好評で、守綱寺産の筍もあっという間に無くなる盛況ぶり。
呈茶の子どもの着物姿もかわいいと喜んでいただけました。
また、コンサートの真ん中にはさむ住職の「仏さまのお話」が毎回楽しみと言ってくださる方もあって、本当に大勢の方々の力が結集して、楽しい・うれしい集いとなりました。
ご協力くださいました皆さま、本当にありがとうございました。
会計の報告をもってお礼とさせていただきます。

 収入          337,208円 支出        221,430円
 内訳 チケット198枚 198,000円 内訳 コンサート  155,000円
    花御堂お志      6,778円    バザー材料費  66,430円
    お志         6,000円
    呈茶        15,300円
    バザー      111,130円      純益   115,778円

4月14日、福島の震災復興放射能対策研究所に、115,800円を筍コンサートとして送らせていただき、すぐに厚い御礼状が届きましたことを合わせて報告させていただきます。
ありがとうございました。
その夜、熊本の地震。
被害を受けられた九州の皆さんにお見舞い申し上げます。

今月の掲示板 2016年5月

テーマ:今月の掲示板

syukoji_09090903.jpg

  宗教という
  人間に開かれている
  いわば沃野(よくや)にふみいらずに
  人生を終わるのは
  もったいないように思う

  「自己とは何ぞや」という問いこそ
  宗教の出発点だ
  名利心、好奇心では
  自分が問われることがない
  眼は外に向けられたままだ

  内省(わが器量をはかること)がない以上
  その人間に合致した救済も見出せない

  私共の日常は
  自己流の理解で
  自分はいつも正しい
  悪いのは他人
  という心持ちで営まれている

  私があなたを救ってあげるとか
  私の言うことを黙って聞いていれば救われる等々
  インチキな「教祖」は
  求める側の問いが深ければ
  たちまち正体をあらわす

  求める側が
  名利や安楽だけを動機としているならば
  やすやすと
  こうしたインチキ教祖の餌食となるに違いない

  当たり前にある日常のありがたさを胸に
  僕たちはグラウンドに立ちます
     小豆島高校 橋本尚也(春の甲子園選手宣誓)

  私は仕返しする代わりに
  私の中の刃を歌にした
  刺し返したら憎しみは連鎖してしまう
             中村 中(あたる)歌手

本堂に座って 2016年5月

テーマ:本堂に座って 【若院】

syukoji_09090904.jpg

一昨年の「集団的自衛権の行使を容認する閣議決定」以降、憲法に関する話題が増えている様に思います。
さらに今年に入って、首相が「在任中に憲法改正を成し遂げたい」と発言されたことで、“憲法について、きちんと知りたい”という声が多く聞かれる様になってきました。
そんな中、各地で「憲法カフェ」が開催されている…という話を耳にして、僕自身も何度か出かけていってお話を聞かせていただき、また身近で関心を持っている方と共催という形で、守綱寺でも「憲法カフェ」を開催しました。
「憲法カフェ」は、憲法を(自民党の改憲草案の内容に)変えられてしまうことに危機感を持たれている弁護士さんが講師として足を運んでくださり、そもそも憲法とはどういうものか、今の私たちの生活にどのような意味を持っているのか、憲法が変えられてしまうとどのような影響が考えられるか…といったことを、丁寧に分かりやすく教えていただけます。
これまで聞かせていただいた内容を、いくつか紹介させていただきます。

そもそも憲法とは…
「その最も重要なねらいは、権力を制限して人権を保障することにある」
平たく言うと「権力を持った人は、自分や自分の身内の利益のために、好き勝手放題する」ので、そうはできないように、あらかじめ(誰が権力を持っても)枠を決めておくものが憲法。
そのときに、最も重要な観点が「基本的人権の尊重」(個人の尊厳)。
この観点から、枠を決めておく。
=立憲主義の憲法(現代の憲法のグローバル・スタンダード)

憲法99条によれば、憲法尊重擁護義務を負うのは「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」。
ところが自民党の改憲草案では「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」とあり立憲主義の憲法ではなくなってしまう。

憲法13条において、個人の尊厳は「公共の福祉」のみで制限される(お互いの人権が衝突する場合のみ、制限されることがあり得る)が、改憲草案では、「公益及び公の秩序」による制限を可能としている。
「公の秩序」を乱す活動(集会なども含まれる可能性あり)は認められなくなり、基本的人権よりも公の秩序が優先されることになる。

緊急事態条項について言及されることが増えてきたが、災害対応については「災害救助法・災害対策基本法」があり、憲法を変えなくても十分に対処できる。
それ以上に、改憲草案には「内乱等による社会秩序の混乱…その他の法律で定める緊急事態において…」(草案98条)、「緊急事態の宣言が発せられたときは…内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることが出来る。
…何人も、(中略)発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。
この場合においても(中略)基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。」(草案99条)とあり、緊急事態が宣言された場合は、内閣(総理大臣)の指示が絶対のものとなってしまう恐れがある。

先日、弁護士でもある国会議員の方が「公共の福祉」と「公益・公の秩序」について「同じことを、意味が分かりにくいので言い換えているだけ」と発言されたそうです。
本心なのか、誤魔化そうとしているのか…。
「憲法カフェ」は一方的に答えを押しつける場ではなく、事実や状況を知ることで自分で考えるきっかけ・ヒントを受け取る場です。
お近くで開かれる際には、ぜひ1度参加してみてはいかがでしょうか。
(守綱寺では今後、5月24日(火)・6月14日(火)いずれも午後1時からの開催を予定しています。よろしければ、ぜひご参加ください。)

今日も快晴!?2016年5月

テーマ:今日も快晴!? 【若坊守】
syukoji_09090905.jpg

この3月に「福島のみんな!遊びにおいでんプロジェクト」に協力し、福島からの家族連れの方をお寺でお迎えしました。
震災から5年が経過した今でも、場所によっては放射線量が高く子どもたちを自由に外遊びさせることが出来ない、内部被曝が気になり食べ物に気を使う、住民同士の温度差があり放射能への不安を口にすることができない等々福島を取り巻く様々な状況が気に掛かり、「何か出来ることは無いだろうか」と考えていたので、目に見える形で支援を行うことが出来たのは本当にありがたいことでした。
受け入れ期間中、朝は本堂の雑巾がけからスタートです。
日中は、お寺で活動している寺っ子クラブのメンバーが中心となり、お花見、段ボール滑り、筍掘り、五平餅づくり、焚き火等々、子ども達と一緒に思い切り外遊びを楽しみました。
また、お寺で朝市を開催しているグリーンママンの宇角さん、整体師の小黒さんの協力で、身体を整え、免疫力を高める講座なども開催することが出来ました。
夜は、家族と福島から来られた方、寺っ子クラブの有志メンバー、みんな揃って本堂でお夕事(夕方のお勤め)です。
みんなで声を合わせているお勤めをする時間、重なり合う声には「みんな応援してるよ」という気持ちがこもっているようで、本当に感動的でした。
毎晩の食事は、色々な方の協力で作られました。
初日の夜は、母と帰省中の妹たちの協力でおでん。
翌日は、みのりコーラスの天野さん、加藤さんに山菜おこわを作って頂きました。
とても美味しくて3升があっと言う間に空っぽになりました。
最後の夜は、「福島の郷土料理を教えてもらおう!」と、仙台出身の穴澤さんを中心に、喜多方ラーメン、こづゆ、円盤餃子、いかにんじん、まんじゅうの天ぷら等々、珍しくて美味しい物を一杯作って頂きました。
沢山の食材を寄付して下さった河合さんも、ありがとうございました。
食事をしながら、福島での日常の話を聞きました。
近くの公園の線量が高くて心配なこと、数年間は自分の実家に避難していたこと、同居の祖父との食に対する感覚の違い、甲状腺検査を受けていること、ママ達の放射能に対する温度差etc…。
時には涙を流しながら、苦しい胸の内を打ち明けてくれました。
放射能と向き合いながら現地で暮らすのは、本当に辛いことなんだと思います。 
「福島で子どもを育てることに罪悪感がある。
親なら子どもの体のことを考えて、全てを捨ててでも福島を離れるべきじゃないのか。
でもそれが出来ない現実がある。
そのことがいつも心に引っかかっている」と仰っていました。
もし、自分の住む街で同じ事が起こったら、自分はこの場所を捨てて避難することが出来るのだろうか…?最後は想像力を駆使するしか無い。
多分自分は、守綱寺やここで生まれた繋がりを捨ててゆくことは出来ないと思います。
それならば、その場所で生きてゆく選択をしたのなら、子どもを守るために自分に出来る最大限のことをして、可能な限り被爆を避けてゆこうと考えたはずです。
だから、同じように頑張っている福島のママ達を応援したいと思います。

プロフィール

守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

ホームページ

このブログの読者

読者になる
読者数:2人