清風 2017年8月

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私には 敵はいない。

劉 暁波(リュウ・シァオ・ポー)中国
2010年 ノーベル平和賞を受賞。
中国の民主化を訴えて投獄されたまま、今年6月に末期の肝臓ガンと判明。
刑務所外の病院で治療中、7月13日死去。61才。


劉さんは、1989年、北京の天安門広場で学生らが民主化を求める運動を始めるとデモに加わり、ハンガーストを指揮。劉さんが一貫してこだわったのは、非暴力の抵抗だった。
学生に向かって「恨みを捨てよう。恨みは私たちの心をむしばむ。私たちに敵はいない。理性的に対話しよう。」と訴え続けた。

劉さんの「敵はいない」。
この確信こそは、今、我が国の平和主義のシンボルと言える「憲法・第9条」の理念を巡っての議論の根幹を、一言でわかりやすく述べたものと言えよう。

劉さんの「私には敵はいない」という主張は、非暴力の立場である。
我が国の憲法では、その立場を憲法前文の第1段・第2段に、その平和主義を次のように述べている。
(以下の憲法前文の第1段の引用については、劉さんの主張「私には敵はいない」
に応答する部分に絞って引用していることを、申し添えておきます。)

<日本国憲法 前文>
日本国民は、
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、

日本国民は、
① 恒久の平和を念願し、
② 人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、
③ 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
④ われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、
① いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないので
   あって、
② 政治道徳の法則は、普遍的なものであり、
③ この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうと
     する各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

この「崇高な理念と目的」とは、いうまでもなく平和のことであり、憲法第9条の2項目(第1項 日本は戦争をしない、第2項 戦力は持たない。交戦権も認めない)を指すといえる。

それ以外にも、前に挙げた前文の中の次の文に示されてある、

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去
しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

また、

いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないの
であって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、
自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

というように、我が国は憲法前文において決意したような国作りに向けて、外交の方針を転換できるチャンスがあった。
1989年、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結した時である。

今からでも遅くはない。それこそ10年くらいの計画で、我が国はこの憲法前文の平和主義を我が国の外交方針として外交を進めることとして、第二次大戦終結のための北朝鮮との平和条約締結を含め、中立宣言、そして先月号にも書いた沖縄基地閉鎖、そしてその上で沖縄・北方4島の一括変換交渉という、今までできなかった戦後の処理を行い、我々国民も未来を見据えて、憲法の内容に沿った、北東アジアに位置する平和国家の国民として新たに生まれ変わってゆきたいものである。

親鸞その人の「非僧非俗」の名告りこそは、劉さんの「私には敵はいない」という言葉と感応していると言えるのであろう。

お庫裡から 2017年8月

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夏休みに入りました。
「さあ、この夏も、雑巾がけをしてくれるかな?」
シーン。
「エッ?」「エッ?」「エッ!?」
今までのように「ハーイ、やります」「やる」「やる」という返事が聞こえてきません。
ロボット部の中三の開くんは「午前中は部活があるから、朝はやれない」と言い、ハンド部に入った中一の誓くんは「午後は練習があるし、試合が続くから、毎日どんな予定になるかわからない」と言い、小四の在ちゃんも「私はファンファーレ部で午前中は学校」と言うではありませんか。
ついに、恐れていたことが起こりました。
子育てをしていた時も、四年生になった途端、部活というものが入り、家庭のリズムがなし崩しになってしまった経験があります。
そうか、孫達も成長したのだ。
開くんがなぐさめるように「お盆休みになると部活もないから、その時ならやれるよ」と言ってくれました。
私の体力も、それ位が丁度よいのかもしれません。

今日も夕食前、孫が「おばあちゃん、お夕事」と声をかけてくれ、3人の孫と一緒にお内仏で夕べの勤行をしました。
こんな事もそのうちやれなくなることは必定でしょう。
孫の成長が、嬉しくて、ちょっぴり淋しい今年の夏です。

今月の掲示板 2017年8月

テーマ:今月の掲示板

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今月のことばは、ビッグイシュー(2011年1月1日号)成熟カルタより。

  地球にマグマがあるように
  人にも魂というマグマがある。
  (「子どもへの恋文」灰谷健次郎)

  今、僕のいる場所が望んだものと違っても
  悪くないさ
  きっと、答えはひとつじゃない
  (「Any」の歌詞から Mr.Children)

  「負けたことがある」というのが
  いつか大きな財産になる
  (「スラムダンク」井上雄彦)

  問題は、
  何になるかというよりも
  どんな大人になるか
  であるのだ。
  (「絵本屋の日曜日」落合恵子)

  幸せになるのは簡単よ
  ウソじゃないわ
  今あるものを愛するの
  手の中にあるものを
  ないものねだりはやめて
  豊かな心で生きて
  幸せになって
  (映画「母の眠り」から)

  今、あるもので充分と知る人だけが
  今、生きることの豊かさを知るんだよ。
  自己否定をしろとか欲するなとか
  言うんじゃないんだ。
  いいかい。
  ただ、どこで止まるかを知ること、
  それだけさ。
  (「タオ、老子」加島祥造)

  禁句にしている三つの言葉がある。
  忙しい
  がんばる
  若い
  (「言葉の力」坪内稔典)

  深い悩みによって
  私の魂は
  人間性を与えられたのである
  (ウィリアム・ワーズワース イギリスの詩人)

本堂に座って 2017年8月

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今年も夏休みが始まりました。
毎年のことながら、ウチの子どもたちのことは何かと気がかりなのですが(部活も宿題も、いろいろ…)、もう1つ夏休みというと、子どもたちが自分で決めた目標に向かって自分の力でチャレンジする「キミチャレ」(残念ながら豊田市では中断してしまいましたが…)が思い出されます。
チャレンジする子どもはもちろん、実は見守る大人が大変なのです。
大人は「答え」を持ってしまっているので、子どもにいろいろ教えたくなるのですが、そこはじっと我慢、子どもに任せなければいけません。
「答え」を与えて“成功”という「結果」を出すより、失敗しても子どもの「問い」を奪ってはいけないのです。

まず、大切なのは、「問い」を持つことじゃないかな。
とにもかくにも、「問い」を持つ癖を身につけなければ、面白いことは何ひとつ始まらない。
しかし、だ。
比較的ライトな「問い」はさておき、やっかいなことに、自分の人生を賭けるほどの「問い」…たとえば、「遠くにいる人と会話することはできないの?」というような「壮大な問い」は、自分にとって“居心地が良い場所”にはあまり落ちていない。
なぜ、自分がいる場所の居心地が良いかというと、以前、この場所にあった「壮大な問い」を、すでに誰かが解決してくれたからだ。
1876年にアメリカのグラハム・ベルが電話を発明しちゃったから、「遠くにいる人と会話することはできないの?」という「問い」は、もう生まれない。
つまり、人生を賭けるほどの「問い」を見つけるには、居心地の悪い場所に立つ必要がある、というか居心地の悪い場所に立った方が「問い」が見つかりやすい。
僕は、「やりたいことが見つからない」という相談を受けた時には必ず、「僕なら、3キロのダイエットをして、その体重を維持してみるよ」と返すようにしている。
3キロ痩せるには食生活を改めなきゃいけないし、そして痩せたまま体重を維持するには帰り道は一駅手前で降りて歩かなきゃいけないかもしれない。
面倒だし、あまり居心地が良いとは言えないよね。
ただ、それによって何が変わるかというと、入ってくる情報が違ってくる。
ここが大事。スーパーで食品を手に取る時に、これまで気にしなかったカロリー表示を見る。
カロリーが低いものを選んでいくうちに、買い物カゴには、やけに味気ないものばかりが積まれていって、「あぁ、肉、食いてぇなぁ。野菜よりカロリーの低い肉はないのかなぁ?」と、そこで「問い」が生まれる。
帰り道、ダイエットのために一駅手前で降りて、家まで歩いてみる。
その道すがら、まるで流行っていない英会話教室を見つけることもあるだろう。
その時に、「あの英会話教室は、なんで流行ってないのかな?」という「問い」が生まれる。
「教え方かな?立地かな?看板のデザインかな?」といった感じで「問い」がドンドンと。それもこれも、一駅分歩いていなければ出会わなかった「問い」だ。
ダイエットという、居心地の悪い場所に身を投じなければ、出会わなかった「問い」。
人生を賭けるほどの「問い」は、そんなところに潜んでいる。
だから、ときどき「生きづらい世の中だ」と嘆いている人を見ると、羨ましくて仕方がない。
「何故、生きづらいのか?」「それを改善するためにはどうすればいいのか?」といった「問い」に囲まれているわけだ。(中略)
「ああでもない、こうでもない」という試行錯誤の日々は、もちろん不安と隣り合わせなんだけど、たとえ「問い」を持たずに生きていても、どのみち不安は隣に寄り添っているし、さらには次から次へと現れてくる「答え」を出す人々に嫉妬を繰り返しながら年老いていく人生になるだろうな、と思って「問い」を持つ人生を選んだ。
とにもかくにも、まず「問い」を持つ。
「問い」を持つために、「問い」が落ちている場所に行く。
皆がいるような整地された場所には、あまり落ちていないから、誰も踏み入れていないような足場の悪い場所に行く。
まずは、その場所に行くところから。
(『魔法のコンパス 道なき道の歩き方』西野亮廣 著より引用しました。)

「答え」ばかりが重視され、「答え」を求めることばかりに気が向いてしまいますが、「なぜ?どうすれば?」という「問い」を持つことで、「課題」に取り組む姿勢・力が生まれてくるのだと思います。安易に「答え」を与えてはいけないですね…。

 

今日も快晴!?2017年8月

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友人のピアニスト、白神由美子さんの紹介で、8月22日の守綱寺絵本読み聞かせの会「夏休みお楽しみ会」で、絵本ミュージカル「ひまわりのおか」チャリティコンサートを上演することになりました。
守綱寺ファミリー合唱団のメンバーも増えて、子どもたちも少しずつ大きくなってきた今、新しいことにチャレンジ出来る良いチャンスだなぁと思います。
「ひまわりのおか」は、津波で子どもたちを失った8人のお母さんが、丘の上にひまわりを植えて育てているという実話を元にした絵本です。
ソプラノ歌手の方が参加して下さったり、クラリネット&パーカッション&ピアノの「クピパトリオ」さんが加わって下さったり、普段とは違った雰囲気で本番がとても楽しみです。
是非大勢の方に足を運んでいただきたいと思います。
守綱寺が関わっている「福島のみんな!遊びにおいでんプロジェクト」では、原発事故による放射能の被曝から子どもたちを守りたいと願う福島のお母さん達の声を聴かせていただきましたが、津波によるこうした被害の声も、また震災の現実です。
「3.11を忘れてはいけない」と思うものの、日常生活の中で、どうしても震災も津波も原発事故も忘れがちな自分がいます。
地震や津波の被害を忘れないということは、自然の前では、人間というのは無力でちっぽけな存在であることを忘れないということ。
原発事故を忘れないということは、「科学の力で何でも思い通りになる」というおごった心は間違いだということを忘れないということだと思います。
丁度たまたま図書館で手にした司馬遼太郎さんの「21世紀を生きる君たちへ」という本の中の文章がとても素晴らしかったので、一部を紹介したいと思います。
『人間は ―くり返すようだが― 自然によって生かされてきた。古代でも中世でも自然こそ神々であるとした。このことは、少しも誤っていないのである。歴史の中の人々は、自然をおそれ、その力をあがめ、自分たちの上にあるものとして身をつつしんできた。この態度は、近代や現代に入って少しゆらいだ。―人間こそ、いちばんえらい存在だ。という、思いあがった考えが頭をもたげた。二十世紀という現代は、ある意味では、自然へのおそれがうすくなった時代といっていい。
同時に、人間は決して愚かではない。思いあがるということとはおよそ逆のことも、あわせ考えた。つまり、私ども人間とは自然の一部にすぎない、という素直な考えである。このことは、古代の賢者も考えたし、また十九世紀の医学もそのように考えた。ある意味では平凡な事実にすぎないこのことを、二十世紀の科学は、科学の事実として、人々の前に繰り広げてみせた。
二十世紀末の人間たちは、このことを知ることによって、古代や中世に神をおそれたように、再び自然をおそれるようになった。おそらく、自然に対しいばりかえっていた時代は、二十一世紀に近づくにつれて、終わっていくにちがいない。「人間は、自分で生きているのではなく、大きな存在によって生かされている」と、中世の人々は、ヨーロッパにおいても東洋においても、そのようにへりくだって考えていた。この考えは、近代に入ってゆらいだとはいえ、近ごろ再び、人間たちはこのよき思想を取りもどしつつあるように思われる。』

本堂に座り、仏さまに手を合わせるということは、「願いが叶いますように」という意味合いではなく、「また自分は大事なことを忘れていました」という気付きなのだと思います。

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守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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