清風 2014年3月

テーマ:清風 【住職】

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真理は一つであって、第2のものは存在しない。
その真理を知った人は、争うことがない。

27年前(※)の8月15日、“神国”日本は敗戦国となりました。
戦いに破れはしましたが、日本は、国家間の紛争の解決に戦争はしない、軍隊は持たない
(第9条)という内容の憲法をつくりあげました。
日本はこの第9条を制定した時、地球を自己とする国に生れ変わっていたのです。
つまり、武力で世界を制覇しようとした日本は、憲法をつくりかえることにより、
戦争によることなく、世界を日本とすることができたのです。
全く歴史上、国家というものが成立して以来、軍隊を持たないと決めた国があったでしょうか。否!
国家そのものは、“暴力装置”とレーニンが言うように、軍隊を持つもの、それが国家と考えられていたのです。
日本が、軍隊を持たないと決めたことは、この地球上に存在する権利があるという考えを放棄しない限りできないことです。
ですから、ここには国家観、人間観の革命―国家ないし人間は、
真理を知るために存在するのであり、欲望を満足させるために存在するのではない、
という考え方の変化―が要請されているのだとみるべきでしょう。
人間は文字通り、人の間に存在するものです。私は子どもに対しては親であり、
妻に対しては夫であるなど、関係存在というべきでしょう。
つまり、関係存在としての人間は、無視されることが存在を抹殺されることであり、
人の間にあっては和やかなる関係を開いて行けるあり方と成る時、初めてその本来の意味を回復すると言えるからです。
では、その“和”をつくりだす真理とは。
我、必ず聖に非ず。彼必ず愚に非ず。共にこれ凡夫(ただひと)ならくのみ
と、太子は言われる(聖徳太子『17条憲法』第10条より)。

※『清風』は今月号で500号を迎えました。
その記念に、第1号(1972年8月発行)の1面を再掲させてもらい、
私の「初心忘れるべからず」の戒めとさせていただきます。

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守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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