本堂に座って 2017年10月

テーマ:本堂に座って 【若院】

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キングコング西野亮廣さんの『魔法のコンパス 道なき道の歩き方』から続けて紹介してきましたが、最後に「おわりに」の文章です。
仏法のお話の中にも、「人生には何ひとつ無駄なものはない」「過去の辛い・嫌な出来事も、振り返ってみれば大事なものだったと言える」と話されることがありますが、ここには同じ様なお話が書かれています。

僕らは今、この瞬間に未来を変えることはできないけれど、
過去を変えることはできる。
過去の変え方は様々。
たとえば、貧乏したことや、
女の子にフラれたこと、
起業に失敗したこと。
そういったネガティブな過去を、人前に晒してネタにすると、目の前にいる人達が笑ってくれて、その瞬間、ネガティブな過去が輝きはじめる。
「貧乏して良かった」と思える。
「女の子にフラれて良かった」と思える。
「起業に失敗して良かった」と思える。
一歩踏み出せば、価値観を変えてくれるような景色に出会えることもあるだろう。
一生の友に出会えることもあるだろう。

一方で、失敗もあるだろう。
挫折もするだろう。
痛みを知るだろう。
涙する夜もあるだろう。
ただ、そんなものは大した問題じゃない。恐れる必要はない。
失敗も、挫折も、痛みも、涙した夜も、
いつかは必ず過去になる。
そして、そのとき僕らは、その過去を変えることができる。

失敗したところで終わるから「失敗」が存在するわけだ。
何度失敗しようが、
その度に工夫し、
ネガティブな過去をポジティブなものへと転換し、
成功するまで続ければ、
それらの失敗は全て、成功のために必要な部品となる。
失敗なんて存在しない。
失敗を存在させているのは、いつだって自分自身だ。
たしかに、どうにもならないコトが世の中にはあるけれど、大丈夫。
大体のコトはどうにかなる。
あなたが何かに挑戦し、結果が出ずにジタバタしているとき、外野にいる連中は、「迷走してるの?」と、あなたのことを笑うだろう。
そんなときは、こう返してやればいい。
「うん、迷走してるよ。キミみたいに、誰かが舗装してくれた道を歩いていないからね」
大丈夫。きっと上手くいくよ。
コケたら起きればいい。
踏み出そう。
(『魔法のコンパス 道なき道の歩き方』西野亮廣 著より引用しました。)

「失敗したところで終わるから、「失敗」が存在する」。「失敗」を振り返り、受けとめ、活かすことで、次の一歩を踏み出すことができるのでしょう。
「失敗」をどう受けとめ、どう活かすか…そのヒントは仏さまの教えの中に説かれています。

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守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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