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お庫裡から 2017年10月

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私は大相撲が大好きです。
6年生の時(昭和33年)、田舎の我家にテレビが入り、大相撲の中継を観て、若の花の大ファンになりました。
栃錦と若の花の千秋楽横綱全勝決戦の時は、「ああ、若の花が勝って良かった。もし負けていたら、尚子がどうなっていたかわからん」と親に言わせる程に、その頃の私は若の花に夢中になっていました。
一瞬で勝負が決まったり、土俵際で勝負がひっくり返ったり、取り組み毎に勝負の色合いが違うところが面白く、何より、勝負の結果が早く、わかり易いのが、単純な私に合っていたのでしょう。
若の花の弟子の隆の里が鳴戸親方となって部屋を起こし、夏場所の宿舎の借用を申し出られた時は、不思議なご縁を感じたものです。
その親方も今は亡く、弟子だった稀勢の里は横綱にまで登り詰めましたが、今場所は休場で、大相撲への関心が薄れてしまいました。
そんな中で、たまたまつけた相撲中継で、35歳の関脇・嘉風が「私の相撲人生は、この先、そう長くはない。
だから横に飛んで勝ちにいくような相撲は取りたくない。
勝ち負けに関係なく、一番一番自分に納得のいく、自分に満足できる、そういう相撲を取っていきたい」というないようを語っていることを知り、すっかり嘉風のファンになってしまいました。
私は今、70歳。
私の人生の時間は、そう長くはない。
日々出遇う人、事、物から教えられ続けていく毎日。
一日一日、ありがとう、ありがとう。
そう言って、私は生きたい。

お庫裡から 2017年9月

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 孫達が話しています。
「市内大会が終わると、西三(西三河)大会で、そこで勝てば県大会。僕たちは県大会に出るのが目標だって」
 どうやら誓くんのハンドボールの部活の話のようです。
 30年程前、誓くんと同じ、地元の高橋中学へ通っていた次女は、バスケット部でしたが、その頃の高中の女子バスケは市内20校の頂点にいて、明けても暮れてもバスケ、バスケで通しましたが、西三大会止まりで、一度も県大会に出たという記憶がありません。
 誓くんを見ていると、次女の時のような覇気というか熱気があまり感じられません。ついつい口をはさんでしまいました。
「高中のハンドは、西三大会や県大会に出られるほど強いの?」
「まー、強いってことはないけど、普通かな」
「でも、西三や県大会には、強いチームが行くんでしょう?」
「違うんだよ、豊田市内の中学校にハンド部のある学校が少ないんだよ。だから、1~2試合すると、3位までは自動的に西三大会に出られるんだよ。だから、そこで勝って県大会に出るのを目標とするんだよ」
 知立市で行われた西三大会(どこもハンドボール部のある中学校は少ないよう)で勝ち進み、豊橋での県大会出場。
2回戦で敗退し3年生は引退し、新チームになりました。ハンドボールはマイナーな競技で、練習場所も直前にならないと確保できず、場所を転々とするので、送迎に親は振りまわされているようです。
 ちなみに、開くんのロボット部は、市内および隣のみよし市を含めても高橋中学にたった1校しかないため、「僕なんかさー、いきなり県大会なんだよ」。
その大会は夏休みの終了直前にあるため、今はまだ調整中。
 孫のいい所は、勝っても負けてもこちらが熱くならず、「そうか」「そうか」と聞けることですね。

お庫裡から 2017年8月

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夏休みに入りました。
「さあ、この夏も、雑巾がけをしてくれるかな?」
シーン。
「エッ?」「エッ?」「エッ!?」
今までのように「ハーイ、やります」「やる」「やる」という返事が聞こえてきません。
ロボット部の中三の開くんは「午前中は部活があるから、朝はやれない」と言い、ハンド部に入った中一の誓くんは「午後は練習があるし、試合が続くから、毎日どんな予定になるかわからない」と言い、小四の在ちゃんも「私はファンファーレ部で午前中は学校」と言うではありませんか。
ついに、恐れていたことが起こりました。
子育てをしていた時も、四年生になった途端、部活というものが入り、家庭のリズムがなし崩しになってしまった経験があります。
そうか、孫達も成長したのだ。
開くんがなぐさめるように「お盆休みになると部活もないから、その時ならやれるよ」と言ってくれました。
私の体力も、それ位が丁度よいのかもしれません。

今日も夕食前、孫が「おばあちゃん、お夕事」と声をかけてくれ、3人の孫と一緒にお内仏で夕べの勤行をしました。
こんな事もそのうちやれなくなることは必定でしょう。
孫の成長が、嬉しくて、ちょっぴり淋しい今年の夏です。

お庫裡から 2017年7月

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何年か前、種から芽が出たと枇杷の苗を何本かいただき、適当にチョイチョイと植えておきました。
あれから何年経ったのか、庫裡横のフェンス脇の木が大きく育ち、去年暮れ、初めてたくさん花を咲かせました。
先月のコーラスの時、メンバーが「小さいけれど、うちで採れたサクランボ」と差し入れをしてくれました。
練習後「おいしいね」といただきながら、「よく鳥に食べられなかったね」「そりゃ、鳥は来るわよ。だからお父さんと難儀してネットをかけたのよ」。
そんな会話を聞いて、突然、枇杷の事を思い出しました。
見に行くと、あちらこちらの枝に沢山実が付いています。
万才!今年は家成りの枇杷が食べられるぞ。
よーし、まずネットだ。JAでネットを買ってきましたが、木が髙過ぎてネットがかかりません。
木をよーく見ると、実が付いているのは下の枝ばかりで、上に伸びている幹には1つも実がありません。
よし、剪定だ。幹を自分の背丈ほどに切り木を低くし、ネットに紐で石をくくりつけ、木を越えさせて、一応、ビワの木にネットがかぶりました。
おいしい枇杷が食べられるかと思うと、ワクワクしてきます。
それから約1ヶ月。他所のお家の枇杷が色付いています。
それで枇杷を思い出し見に行くと、鳥にも食べられず、実をふくらませていますが、もう少し、あと4、5日後が食べ頃と思い、収穫せず、また何日も枇杷を忘れて過ごしました。
何かの拍子に、あ!枇杷、と思い出し、ザルを持って行ってみると、なんとなんと、ネットに大きなすき間が開いており、鳥が入って、おいしそうな実は全部食べられているではありませんか。
鳥のおこぼれは、うーん、もう少し色付けばと思う実ばかり。
あーあ、残念。鳥は賢い。
本当に私のすることはこんなことです。
おいしい枇杷の実を鳥がたらふく食べてくれたのだから、良しとしましょう。

お庫裡から 2017年6月

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在ちゃんのピアノの先生から電話がかかりました。
母親に代わろうとすると「いえいえ、今日はおばあちゃんに」。何かと思ったら、「7月のピアノの発表会に在ちゃんと連弾で出てもらえないでしょうか」という依頼。
平田聖子先生が、親鸞聖人のみ教えに帰依され、聖人の和讃曲を多く作られ(まだまだ作っておられるさなかです)、それらの曲を守綱寺みのりコーラスも歌わせてもらっていますが、どの曲もどの曲もメロディーがとてもきれいで、ああ、あの曲が弾けたらどんなにいいかといつも思っておりました。
数年前よりご縁を頂き、先生のお宅にお邪魔して、お喋りをしているのかピアノを教えていただいているのか分からない状態ながらも、和讃曲の何曲かは引けるようになりました。
しかしながら、小さい頃からの素養の無さと老人力の加速で、せっかく弾けるようになっても、ちょっと間を空けると全く振り出しに戻ってしまうのです。
体調を崩して、ここ1年ピアノはお休みのままです。
でも、本堂にせっかくピアノがあるのだから、と法座のたびに「恩徳讃」を弾くようにしています。
何度も弾いているようですが、やはり間が空くので、ピアノの前に座るとどこか緊張して満足に弾けたためしがありません。
そんな私が連弾なんて、と少しためらいましたが、初めてのことをやってみたいという気持ちが勝りました。
在ちゃんの足を引っぱらないようにしなければなりません。在ちゃんと2人で、曲がどのように仕上がるのか、今から楽しみです。
思ってもいなかった楽しみが突然やってきて(その逆もありですが)、やっぱり生きているっていいな、嬉しいな、と感じています。

お庫裡から 2017年5月

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朝のうち残った雨も、コンサート開演時には日のさす上天気となり、4月9日、第13回の花まつりチャリティ筍コンサートは幕を開けました。
今年は春の訪れが遅く、例年のコンサートでは「名残の桜を」とか「散って葉桜となっていて残念」と言っていたのに、参道(5本)も裏の広場(50本以上)もコンサートに合わせる様に一斉に咲き始め、本堂いっぱいのお客様(大人チケット166枚)を迎えることができました。
今年メインで出演の悠情楽団のお2人は、どこか泥くさく、居酒屋(行ったことはないですが…)のライブに入ったような、知らぬ間に会場のみんなを二人の世界に引き込み、お客さんの中をまわり、時間を大幅に延長して、会場を大いに盛り上げ、楽しませてくださいました。
バザーは、皆さん楽しみにされている筍が出てなくて(前日に筍を掘りに5人来ていただき、薮中探していただきましたが、1本も見つからず)残念でしたが、2ヶ所の呈茶席、お花、手作り品など、大いに賑わいました。
コンサートチケット、花御堂志、呈茶、花、手作り品等、バザーの純益は、後日、公益財団法人震災復興支援放射能対策研究所へ、45000円送金させていただきました。
コンサートを終えるといつも思います。
一つ事を成すのにも、どれ程たくさんの方のお力を頂戴していることか、どんなに助けて頂いていることか、どんなに支えられていることか、と。
係わって下さったおひとりお一人の皆様に、厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
みのりコーラスの仲間が「これ(筍コンサート)が楽しみで1年過ごしているようなものだよ」と言ってくれます。
その言葉を励みに、来年のコンサートに向けて私も頑張ろうと思っています。

お庫裡から 2017年4月

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新しい学生服がハンガーから下がり、誓くんの中学入学の日を待っています。
3才の頃、『ナルニア国物語』(C.S.ルイス著)に夢中になり、「ぼくのこと、エドマンドと呼んで」と言い、戦う騎士エドマンドになりきって何日も過ごしていたことを、懐かしく思い出します。
3月で12才になった誓くんは、相変わらず夢見る少年で、頭の中は空想でいっぱいのようです。
時々聞かせてくれる空想は、アニメのキャラクターと映画のシーンの合体、仮想宇宙の戦いetc.etc.70才の頭では、とてもついていけぬ話ばかりです。
この夢見る少年が、この先ぶつかるであろう現実、出遇わねばならぬ自分自身、それらにどう悩み、どう苦しみ、どう育っていくのか、限られた時間の中で、そばにいて見守れるのは、老いの楽しみの一つです。
私の人生まだ途上ですが、後に続く若人に、是非一つ伝えておきたいことがあります。
悩みにぶつかったら、その悩みから逃げず、大事に抱えて、自分の心と向き合い続けてもらいたいと思います。
浅い悩みは、割合早く解決しますが、悩みの出どころが深いと、解決までに何年もかかるものです。
人間に限りなく近いチンパンジーは、悩むということがありません。
悩むというのは、人間だけに与えられた特権です。
悩みは必ず解決します(しかし、自分の思った解決ではないはずです)。
「仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫とおおせられたることなれば」
(『歎異抄』第9章より)その呼びかけに「ハイ」と返事ができる時、そこにはじめて支えられている大地(浄土)が見えるのです。
私はその道を、今、歩んでいます。
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守綱寺

守綱寺

守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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