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本堂に座って 2017年9月

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先月号のこの欄で、「問いを持つこと」について、西野亮廣さんの文章を紹介しました。
西野さんといえば、少し前には「よくテレビで見る芸人さん」という印象だったのが、「絵本を描いた」「ハロウィンのゴミ問題を“ゴミ拾いイベント”で解決した」…などなど、「お笑い芸人さん」とは一線を画した活動をされている様子が、たびたび聞かれるようになってきました。
最近では著書である絵本『えんとつ町のプペル』の画像全ページや、これから出版される本(『革命のファンファーレ』)の一部をインターネットに公開されたりと、今までの“常識的な”考え方では受けとめきれない、様々な活動をしておられます。
今月は、先月の「問い」を受けての文章を紹介します。

さて。「問い」が見つかったら、次は「問い」の答え方。
その方法は、人それぞれあるとは思うけど、僕は常に“ヨットのように進む”ことを心掛けている。
はてさて、どういうことか?
ヨットは風を利用して前に進んでいる。
追い風の時はもちろん、向かい風であろうと、帆の傾け方次第で前に進むことができる。
やっかいなのは「無風状態」の時で、この時ばかりはニッチもサッチもいかず、手漕ぎでエッサホイサしなくちゃいけない。
大変な労力だ。

これを自分の人生や企画に置き換えてみた時に、ヨットというのは自分自身で、風は、その時の状況だ。
追い風は「背が高い」「頭が良い」「運動神経が良い」「お金持ち」といった才能であり、向かい風は「背が低い」「頭が悪い」「運動音痴」「貧乏」とか……まあ、ザックリ言ってしまえば、「嫌なこと」だね。
多くの人は、この「嫌なこと」を消そうとする。理由は「だって嫌だから」。
気持ちはすご~く分かるんだけど、どっこい、ヨットの理屈で考えると、その「嫌なこと」は向かい風で、やはりこれも前に進む力となる。
感情に任せて「嫌なこと」を消した先に何が待っているかというと「無風状態」で、実はその状態が一番やっかいだ。何の後押しもなく、手漕ぎでエッサホイサといかないといけなくなるから。

この「向かい風も追い風」という感覚は常に持っておいたほうがいいと思う。
それだけで、自分がどこに力を入れたらよいか、が明確になってくる。
とにもかくにも向かい風を消すなんて、もったいない。
どの方向からであろうと、そこに風が吹いていれば「ごちそうさま」で、基本的に僕らには常に追い風しか吹いていない。
こんなにラッキーなことはない。そいつを使っちゃおうぜ、という話。
(『魔法のコンパス 道なき道の歩き方』西野亮廣 著より引用しました。)

西野さんの行動や発信は批判を受けやすいのですが、その行動・発信の1つひとつにはそれぞれに原因があり、それを解決するにはどうすれば良いか?をハッキリと意識されているので、その過程を知るほど、納得せずにはいられません。
また「嫌なこと = 向かい風」を「追い風」にするヒント的エピソードとして、「自分の10点の能力を60点に伸ばす時間を、自分のどこかに埋まっている70点を120点まで伸ばす作業に回そうと思った」と書かれています。
「嫌なこと」をきちんと知り・受けとめることで、自分が伸ばすべきことを見つけられれば、「向かい風も追い風」と言えそうです。
この本を知ったばかりの頃は「ありがちなタレント本?」くらいにしか思っていませんでしたが、ネットでの書き込みやこの本を実際に読んでみて、古い常識にとらわれない発想は、身近なことの中から生まれるんだと、あらためて教えていただきました。
(次号で、もう1ヶ所紹介したい部分がありますが、なぜ本をネット上に公開しているのかなど、興味のある方はぜひブログや本を読んでみてください。)

 

本堂に座って 2017年8月

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今年も夏休みが始まりました。
毎年のことながら、ウチの子どもたちのことは何かと気がかりなのですが(部活も宿題も、いろいろ…)、もう1つ夏休みというと、子どもたちが自分で決めた目標に向かって自分の力でチャレンジする「キミチャレ」(残念ながら豊田市では中断してしまいましたが…)が思い出されます。
チャレンジする子どもはもちろん、実は見守る大人が大変なのです。
大人は「答え」を持ってしまっているので、子どもにいろいろ教えたくなるのですが、そこはじっと我慢、子どもに任せなければいけません。
「答え」を与えて“成功”という「結果」を出すより、失敗しても子どもの「問い」を奪ってはいけないのです。

まず、大切なのは、「問い」を持つことじゃないかな。
とにもかくにも、「問い」を持つ癖を身につけなければ、面白いことは何ひとつ始まらない。
しかし、だ。
比較的ライトな「問い」はさておき、やっかいなことに、自分の人生を賭けるほどの「問い」…たとえば、「遠くにいる人と会話することはできないの?」というような「壮大な問い」は、自分にとって“居心地が良い場所”にはあまり落ちていない。
なぜ、自分がいる場所の居心地が良いかというと、以前、この場所にあった「壮大な問い」を、すでに誰かが解決してくれたからだ。
1876年にアメリカのグラハム・ベルが電話を発明しちゃったから、「遠くにいる人と会話することはできないの?」という「問い」は、もう生まれない。
つまり、人生を賭けるほどの「問い」を見つけるには、居心地の悪い場所に立つ必要がある、というか居心地の悪い場所に立った方が「問い」が見つかりやすい。
僕は、「やりたいことが見つからない」という相談を受けた時には必ず、「僕なら、3キロのダイエットをして、その体重を維持してみるよ」と返すようにしている。
3キロ痩せるには食生活を改めなきゃいけないし、そして痩せたまま体重を維持するには帰り道は一駅手前で降りて歩かなきゃいけないかもしれない。
面倒だし、あまり居心地が良いとは言えないよね。
ただ、それによって何が変わるかというと、入ってくる情報が違ってくる。
ここが大事。スーパーで食品を手に取る時に、これまで気にしなかったカロリー表示を見る。
カロリーが低いものを選んでいくうちに、買い物カゴには、やけに味気ないものばかりが積まれていって、「あぁ、肉、食いてぇなぁ。野菜よりカロリーの低い肉はないのかなぁ?」と、そこで「問い」が生まれる。
帰り道、ダイエットのために一駅手前で降りて、家まで歩いてみる。
その道すがら、まるで流行っていない英会話教室を見つけることもあるだろう。
その時に、「あの英会話教室は、なんで流行ってないのかな?」という「問い」が生まれる。
「教え方かな?立地かな?看板のデザインかな?」といった感じで「問い」がドンドンと。それもこれも、一駅分歩いていなければ出会わなかった「問い」だ。
ダイエットという、居心地の悪い場所に身を投じなければ、出会わなかった「問い」。
人生を賭けるほどの「問い」は、そんなところに潜んでいる。
だから、ときどき「生きづらい世の中だ」と嘆いている人を見ると、羨ましくて仕方がない。
「何故、生きづらいのか?」「それを改善するためにはどうすればいいのか?」といった「問い」に囲まれているわけだ。(中略)
「ああでもない、こうでもない」という試行錯誤の日々は、もちろん不安と隣り合わせなんだけど、たとえ「問い」を持たずに生きていても、どのみち不安は隣に寄り添っているし、さらには次から次へと現れてくる「答え」を出す人々に嫉妬を繰り返しながら年老いていく人生になるだろうな、と思って「問い」を持つ人生を選んだ。
とにもかくにも、まず「問い」を持つ。
「問い」を持つために、「問い」が落ちている場所に行く。
皆がいるような整地された場所には、あまり落ちていないから、誰も踏み入れていないような足場の悪い場所に行く。
まずは、その場所に行くところから。
(『魔法のコンパス 道なき道の歩き方』西野亮廣 著より引用しました。)

「答え」ばかりが重視され、「答え」を求めることばかりに気が向いてしまいますが、「なぜ?どうすれば?」という「問い」を持つことで、「課題」に取り組む姿勢・力が生まれてくるのだと思います。安易に「答え」を与えてはいけないですね…。

 

本堂に座って 2017年7月

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先日「改正組織犯罪防止法」(「テロ等準備罪」法・「共謀罪」法)が成立しました。
選挙の結果から法律が成立することは分かっていたとはいえ、今までにも増して様々な出来事の起こる国会の様子を見ていて、いろいろ思うところもありました。
そんな中、ふとこの状況を言い当てている様な文章を思い出しました。

先に「学級は民主主義国家である」という話をしました。
そしてわたしは、「独裁者の率いる組織は、腐敗を免れえない」と指摘しました。
独裁が敷かれ、民主主義が確立されていない共同体では、善悪のあらゆるルールがリーダーの一存によって決定されます。
国家はもちろん、会社組織もそうですし、家庭や学校でも同じです。
しかもそのルールはかなり恣意的に適用されるものです。
では、これら独裁的なリーダーが「国民」から嫌われているかというと、かならずしもそうではありません。
むしろ国民から熱烈な支持を受けている場合も多いくらいです。
その理由は、そこに苛烈な賞罰があることです。
ルールを破れば厳しく罰せられ、ルールに従えばほめられる。
そして承認される。
つまり人々は、リーダーの人格や思想信条を支持しているのではなく、ただ「ほめられること」や「叱られないこと」を目的として、従っているのです。
さて、問題はここからです。
「ほめられること」を目的とする人々が集まると、その共同体には「競争」が生まれます。
他者がほめられれば悔しいし、自分がほめられれば誇らしい。いかにして周囲よりも先にほめられ、たくさんほめられるか。
さらには、いかにしてリーダーの寵愛を独占するか。
こうして共同体は、褒賞をめざした競争原理に支配されていくことになります。
競争のあるところ、駆け引きが生まれ、不正が生まれます。そんな事態を招かないためにも組織は、賞罰も競争もない、ほんとうの民主主義が貫かれていなければならないのです。
民主主義とは競争原理ではない、「協力原理」に基づいて運営される共同体です。
たとえば、ひとりの男子生徒が問題行動をくり返していたとしましょう。
これは彼が「悪」だったから問題行動に走ったのではなく、学級全体に蔓延する競争原理に問題があったのです。
問題行動を起こす「個人」に目を向けるのではなく、問題行動が起きる「共同体」に目を向けることです。
そして個人を治療しようとするのではなく、共同体そのものを治療していくことです。
賞罰をやめ、競争の芽をひとつずつ摘んでいくこと。それしかありません。
人間は、誰かの期待を満たすために生きているのではない。
その対象が親であれ、教師であれ、他の誰かであれ、「あの人」の期待を満たす生き方を選んではならない。
他者からの評価ばかりを気にしていると、自分の人生を生きることができなくなる。自由を奪われた生き方になってしまう。
アドラー心理学では、人間の抱えるもっとも根源的な欲求は、「所属感」だと考えます。
つまり、孤立したくない。「ここにいてもいいんだ」と実感したい。
孤立は社会的な死につながり、やがて生物的な死にもつながるのですから。
では、どうすれば所属感を得られるのか? …共同体のなかで、特別な地位を得ることです。
ほめられることでしか幸せを実感できない人は、人生の最後の瞬間まで「もっとほめられること」を求めます。
その人は「依存」の地位に置かれたまま、永遠に求め続ける生を、永遠に満たされることのない生をおくることになるのです。
ではどうするか。自らの意志で、自らを承認するするしかないでしょう。
「わたし」の価値を、自らが決定すること。これを「自立」と呼びます。
あなたの価値を決めるのは、ほかの誰かではないからです。「人と違うこと」に価値を置くのではなく、「わたしであること」に価値を置くのです。
それがほんとうの個性というものです。
「わたしであること」を認めず、他者と自分を引き比べ、その「違い」ばかり際立たせようとするのは、他者を欺き、自分に嘘をつく生き方に他なりません。
(『幸せになる勇気』岸見一郎・古賀史健 著より引用しました。)

 国も学校も家庭でも、「競争」が当たり前になっています。「わたしであること」に価値を置く…難しいことですが、とても大事な指摘だと思います。

本堂に座って 2017年6月

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先日、小学校での「絵本の楽しみ方講習会」に参加しました。
持ち物として「自分の好きな絵本を1冊」を準備するにあたって、最近はウチの子どもたちに絵本を読む機会もほとんど無くなってしまったのであれこれと迷いましたが『わすれられない おくりもの』を選んでいきました。
この絵本は、年老いたアナグマが死んでいくところから始まります。
アナグマの死を知った森のどうぶつたちは、悲しみの中でアナグマとの思い出を振り返っていく…というお話なのですが、ここには「どう生きるか」という深い問いかけがある様に感じます。

アナグマはかしこくて、いつもみんなにたよりにされています。こまっている友だちは、だれでも、きっと助けてあげるのです。
それに、たいへん年をとっていて、知らないことはないというぐらい、もの知りでした。
アナグマは自分の年だと、死ぬのが、そう遠くはないことも、知っていました。
アナグマは、死ぬことをおそれてはいません。
死んで、からだがなくなっても、心は残ることを、知っていたからです。
だから、前のように、からだがいうことをきかなくなっても、くよくよしたりしませんでした。
ただ、あとに残していく友だちのことが、気がかりで、自分がいつか、長いトンネルのむこうに行ってしまっても、あまり悲しまないようにと、いっていました。(中略)
キツネが悲しい知らせをつたえました。アナグマが死んでしまったのです。
(中略)森のみんなは、アナグマをとても愛していましたから、悲しまないものはいませんでした。
(中略)アナグマは、いつでも、そばにいてくれたのに… みんなは、今どうしていいか、とほうにくれていたのです。
アナグマは悲しまないようにといっていましたが、それは、とてもむずかしいことでした。
(中略)みんなたがいに行き来しては、アナグマの思い出を、語りあいました。
モグラは、ハサミをつかうのがじょうずです。
いちまいの紙から、手をつないだモグラが、切りぬけます。
切りぬき方は、アナグマが教えてくれたものでした。はじめのうち、なかなか、紙のモグラはつながらず、ばらばらになってしまいました。
でも、しまいに、しっかりと手をつないだ、モグラのくさりが、切りぬけたのです。
その時のうれしさは、今でも、わすれられない思い出です。
カエルはスケートがとくいです。
スケートを、はじめてアナグマにならった時のことを話しました。
アナグマは、カエルがひとりで、りっぱにすべれるようになるまで、ずっとやさしく、そばについていてくれたのです。
キツネは、子どものころ、アナグマに教えてもらうまで、ネクタイがむすべなかったことを思い出しました。
(中略)キツネは今、どんなむすび方だってできますし、自分で考えだしたむすび方もあるんです。(中略)
ウサギのおくさんのりょうりじょうずは、村中に知れわたっていました。
でも、さいしょにりょうりを教えてくれたのは、アナグマでした。
ずっと前、アナグマは、ウサギにしょうがパンのやき方を教えてくれたのです。
ウサギのおくさんは、はじめてりょうりを教えてもらった時のことを思い出すと、今でも、やきたてのしょうがパンのかおりが、ただよってくるようだといいました。
みんなだれにも、なにかしら、アナグマの思い出がありました。
アナグマは、ひとりひとりに、別れたあとでも、たからものとなるような、ちえやくふうを残してくれたのです。
みんなはそれで、たがいに助けあうこともできました。
(中略)アナグマが残してくれたもののゆたかさで、みんなの悲しみも、きえていました。
アナグマの話が出るたびに、だれかがいつも、楽しい思い出を、話すことができるように、なったのです。(後略)
(『わすれられない おくりもの』スーザン・バーレイ作・絵 小川仁央訳より引用しました。)

アナグマは特別な能力の持ち主でもなければ、目に見える様な財産を持っていたのでもないですが、残されたみんなはそれぞれに受け取ったものがありました。
今、そしてこれからの自分がどうあるべきか、何を伝え残していけるのか…目先の何かを手に入れることよりも、ずっと大切で、ずっと難しいことなのだと思います。

 

本堂に座って 2017年5月

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今年も昨年に引き続き、3月27日~31日まで「福島のみんな!あそびにおいでんプロジェクト」(原発事故による放射能の影響を軽減するための保養事業)が開催されました。
守綱寺には27日~30日まで、昨年と同じくMさん一家をお迎えし、裏の広場で遊んだり、福島での現状を聞かせてもらったり(詳細は『今日も快晴』を読んでください)と、充実した4日間を過ごすことができました。
「おいでんプロジェクト」は、原発事故後の福島の状況へ強い思いを持った皆さんが立ち上げ、ちょうど同じ頃「保養事業を企画していきたい」という思いを持っていた真宗大谷派岡崎教区が主旨に賛同し、「共催」の形で開催されています。

原子力発電所の稼働は、原発作業員の被ばく労働に支えられる社会を生み出し、ひとたび放射能に侵されればその地域や国土の風評被害を含め、そこに住む人々までも排除してしまうような「差別社会」を助長します。
(中略)さらに、このたびの事故により原子力を利用する限り、現在のみならず未来のいのちをも脅かす放射線被曝を避け得ないことが明らかになりました。
(「原子力発電所の再稼働に対する真宗大谷派の見解」2012年4月23日 より抜粋)

いのちは生きる場所を失っては生きられません。人のいのちが育まれる大地とは、人と人が共に生きあえる社会であります。
いま願われることは、被災された人々の悲しみに寄り添い、引き裂かれた関係性を回復していくことではないでしょうか。
(「九州電力川内原子力発電所の再稼働に関する声明」2015年8月10日 より抜粋)

他のいのちを顧みないものは、自らのいのちも見失います。そして、それは未来のいのちをも脅かすことになるのです。
(「関西電力高浜原子力発電所の再稼働に関する声明」2016年2月1日 より抜粋)

福島第一原子力発電所の事故による放射性物質の拡散に伴い、多くの子ども達が地元を離れて避難生活を送ったり、外で長時間遊ぶことができなかったり、行動の自由を奪われている状況があります。
何よりも、福島県内では、小さな子ども達が低線量被曝を今もなお余儀なくされている状況に本当に悲しい気持ちで一杯です。
子ども達の被曝を避けるために避難したほうがいいのは分かっていても、様々な事情で「避難」「疎開」できないご家庭が多くあることを聞きます。
それは、美しい故郷への強い想いや、家族との強い絆、私達には簡単に言葉で言い表せない事情があるのだと考えます。
福島のママからは、このような言葉をよく聴きます。
「子ども達が、以前のように、自由に砂場遊びができて、自由に川で遊べて、自由に外で走り回れたらいいのに・・・」福島の子ども達が、笑顔で過ごせる機会をたくさん作りたい!私達の中で、強い想いが芽ばえ、このプロジェクトを立ち上げました。
フランスの医師であるミッシェル・フィルネックス博士も、「放射能から子ども達を守るために最も重要なことは、食べ物による内部被曝を避けることと、子どもを汚染地域外でしばしば休養させることも効果的である」と述べています。
福島の子ども達に必要なことは、数日から数週間の短期間の保養でも、体内の放射性物質を減らし、自由に野外を駆け回ることでストレスを発散することだと考えます。
また、日ごろ子ども達の被曝に気を遣っているお母さん達にとっても、心配をせずに子ども達を自由に遊ばせることができることから、同じようにリラックスできる良い機会だと思います。
なかなか知ることのできない福島のお話を聴き、今回の事態について、みんなで話し、一緒に考える機会を作りたいと思います。
全ての地域の、すべての世代の方々ができうる限り健やかに暮らす社会こそが、子どもたちの明るい未来を作っていくと信じてやみません。
(「福島のみんな!遊びにおいでんプロジェクト」FBページより抜粋して引用しました。)

本山・真宗大谷派の見解・声明とおいでんプロジェクトの願いに重なる部分があり、その願いに共感したことから、日程の合う際には受け入れ寺院として手を挙げているのですが、原発事故に対する思いや状況がだんだん変わっていくのを感じます。
変えるべきところは変えながらも、継続して関わっていきたいと思っています。

 

本堂に座って 2017年4月

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このところ、葬儀や法事についての考え方やあり方が変わってきている…と耳にすることが多くなりました。
家族形態の変化・人間関係の希薄化など様々な理由が挙げられますが、何より儀式を勤める意義がわからないことが一番の要因なのだと思います。
そうした中で、法事を勤めることを「亡き人からの願いに遇い、また仏様の教えやその呼びかけに出遇う、大切なご縁である」として、著者であるご住職が実際に法事の場で話された内容を掲載している本から一部を紹介します。

仏教が問題にしているのは私たちの心です。その心はどんなものか、私たちはどういう心で生きているのか、どういう心で人を見ているのか、どういう心で自分自身を見ているのか、ということを問題にするのです。
そういうことを前提に考えてみると、私たちが一番当てにしているのは「愛」や「優しさ」でしょう。
優しさという言葉は、聞いただけで心がなびくような気がします。
思いやりや愛というのは、優しさを含めて大切なことだと思います。
しかし、これを唯一絶対のものとして決めつけてしまうと人生を誤るかもしれません。
人間の愛の正体を知らないと、それを間違いないものと決めてしまう。
人間の愛は常に育てられ続けないと、いつでも崩れてその本質を失ってしまいます。
(中略)愛とか友情というものは、育てられないと別なものに成ってしまうのです。
(中略)この愛というものの正体は何かというと、それは「エゴイズム」ということになるのです。
エゴイズムということは「自我」です。そういうことを知っておかなければいけないと思うのです。
「愛」を初めから否定することはできませんが、人間がもっている愛というものの中身は何かということです。
だから忘れてはいけないことは、いくら優しい愛であっても、いつでも“自我の心”に転落してしまうことがあるということです。

覚るということ、目覚めるというのは心の問題です。
少し誤解されていますが、迷うのは心です。
取り違えるのも心です。
救われるのも心です。
ものをどう見ていくかでしょう。物事や人をどう見るかで、救われるかどうかが決まるのです。
どんな大切な人でも生きている間は、その人の本当の良さはわからないものです。
死んでしまってから、自分のことをこんなに考えていてくれたのかと、遅まきながら気づくのでしょう。
生きている時にわからなかったというのは、自分の判断する心が狭いからです。
私たちの大きな課題は、その思い込みという枠をいかに取り払うかです。
大切なことなので繰り返しますが、迷うのは心です。
物事を判断するのは心なのです。
身と心は繋がっているので分けられないのですが、どちらかといえば、物事を見たり、判断したりする心が迷いを作っているのです。
これは「識」といいまして、分別のことです。
この分別というのは、みなさんにもあります。
「分別がある」と世間ではいい意味で使います。
ですが、この人は大切な人、この人は大切でない人と分けるでしょう。
この人は絶対いてもらわないと困る人、この人はいてもらったら困る人と。そういうように、心が分別するのです。
「身近な者のことはわからない」とよく口にしますが、わからなくさせているのは、あなたの判断、分別ですよということです。
そういうことを仏教は教えているのです。
気がつかないのだけれども、一緒に住んでいて面倒くさいとか鬱陶しいと思った時でも“分け隔てる心が起こっていることに気がついてほしい”と常に仏様は、はたらきかけてくださっているのです。
また大切な人と別れることになった時、今まで我慢ばかりしてきたが、それはとても大事なことだったと後でわかることも多くあるでしょう。
今はわからなくても、そういうご縁があれば私たちは気づくことができるのです。
こう考えてみると、人間の判断力で全てがわかるわけではありませんね。
全体の半分か3分の2ほどはわかっても、残った重要なことがわかっていないのではないでしょうか。
そういうことを知ることは、とても大切なことだと私は思います。
(中略)自分の思い込みによって、他人を傷つけたり、自分を大事にできなかったりするのですから。
(『ご法事を縁として 亡き人からの願いに生きん』伊藤元 著 東本願寺発行より引用しました。)

本堂に座って 2017年3月

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毎月のお参りで、本山(東本願寺)から出版されている『真宗の生活』の文章を読んでいます。
この本は、本山から出版されている書籍から一部分を抜き出して掲載し、いろいろな本(12冊)を毎月少しずつ読むことができるように作られています。
今回はその中から、最近読んだ「老い」についてのお話の原文を紹介します。

 ひとのおもいや願いが叶わないことのひとつに「老い」があります。
老いに関しての一般的な考え方は、近代化の「以前」と「以降」では大きく違います。
近代化以前は大家族で、支える地域にも地縁血縁者にも囲まれて、老人は長老として敬老されていました。
近代化以降は、家族規模が縮小して核家族となり、老人の暮らしや介護などが外部化して、家族ではなく老人ホームなどへ移りました。
また、近代化以前は、老人のさまざまな知恵で諭す役割もありました。
そして、老親に孝行する風土がありました。
近代化以降は、産業化が進展し、労働力としては排除の対象となりました。
また、長寿となり、老いに対するイメージや考え方は「敬老される存在」から介護される存在となりました。
しかし、このことは「時代や社会」とともに変化するものとおもいます。
「時代や社会」が変化しても変わらない「老い」について考えてみることにします。
 お釈迦さまが出家する由来の物語として「四門出遊」というおはなしが伝わっています。
お釈迦さまは、今から2500年前、現在のインドの小さな国の王子さまとして生まれられました。
あるとき、お城の外へ出かけようと東の門から出ようとすると「老人」に、南の門から出ようとすると「病人」に、また西の門では「死人」にと、人生において逃れることのできない「老病死」に出会われました。
そして、北の門ですがすがしい出家僧に出会い、出家されたといい伝えられています。お釈迦さまが29歳の時のことでした。
 「老い」は、そのテーマである「老病死」のひとつであり、人間にとって逃れることのできない、じぶんの意志では叶わないことのひとつです。
「老い」に至る人生の歩みは、どれひとつも「夢」ではなく「事実」です。
老いの道中は、「叶わない」「意のままにならない」ことのなかで、苦渋を味わい、また、悲しみの中で、ひとはみ教えを聞き、正しく観ることを知ることになります。
それは、「あきらめ」ではなく、「正しく観る」ことで、他人事ではなく、「じぶん」のこととしてみえてくるのだとおもいます。
 ボクは樹木からさまざまな教えを聞いてきました。樹木は、陽春に芽吹き、新芽が育ちます。まるで赤ちゃんが育つかのようです。
次第に季節が初夏に向かえば、新緑の葉っぱは立派に育ちます。
そして、季節が移ろい秋になり冬に向かいはじめ寒風が吹き始めると、広葉樹の樹木は、錦秋の彩りをみせてくれます。
「老い」の輝きが艶やかにさえみえます。
ひとびとを、「もみじ狩り」に足しげく向かわせるのは、錦秋の彩りに秘められた多くの物語と出会うからではないでしょうか。
その背景には、春の桜にはない、「人生の趣」を感じるからのようにおもいます。
そして、落葉の季節を迎えます。
しかし、枯れ葉の後には、すでに新芽が準備されていることは、驚きです。
「老い」は、単独であるものではなく、「起承転結」のなかにあり、それは、「いのち」の連なりでありバトンタッチのときでもあります。
また、大地へ還ることは、「いのち」の源である樹木を肥やす滋養となるのですから、「老い」のはたす役割は「尊い」ものであるといえます。
「老い」もこのように考えてみると、「老い」をじぶんのものと独占していることが間違いであることになります。
じぶんの「老い」から、解放されて「つながり」のなかで考えてみてはいかがでしょう。
大きな「つながり」のなかに、「連綿とつづく」なかに「いのち」があります。そのなかに、おひとりおひとりの「老い」があるということです。
このように「老い」も、じぶんの手元から解放されてはじめて、「衰えること」から意味が転じて、大きな「いのち」として「よみがえる」という世界がみえてきます。
(『すべてが君の足あとだから-人生の道案内-』佐賀枝夏文 著より引用しました。)

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守綱寺は、「槍の半蔵」として有名な
渡辺半蔵守綱の菩提寺として1644年に建立されました。
浄土真宗(親鸞聖人)の教えを伝えるお寺で、
「南無阿弥陀仏」を唱えます。

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